病的愛的恋愛
嫌な予感がする。
僕だって睡眠不足であまり働いていない頭を必死になって動かす。
ハンバーグって言うのは当然、臨也さんと別れたあの日のことだ。
吐きそう?そりゃ静雄さんに腹やられてたらそうだろう、新羅さん?僕が好きってからかった?好き?
ぐすぐす泣いている臨也さんのシャツをとりあえず戻してやって、臨也さんと呼びかける。
「・・・なに?」
「臨也さんって僕のこと好きなんですか?」
「そんなわけないじゃん」
即答だった。
ギリッと歯を食いしばる。
こんなに人を思いっきり殴りたいと思ったのは生まれて初めてだった。
期待させるだけ期待させて、結局この言い様はムカつく以外の何物でもない。
「じゃあとっととここから出て行ってください。あともう二度と顔見せないでください」
「・・・なんで?」
「僕は臨也さんが好きですけど、臨也さんが僕を好きじゃないなら、会いたくないからです」
「やだ、絶対やだ。俺は会いたい」
「・・・じゃあ聞きますけど、僕以外じゃ、た、たたない、んですよね?」
「恥ずかしいの?顔まっか。可愛い」
「か!?」
至近距離で臨也さんがへらりと笑った。
泣いたせいで目も鼻も真っ赤になっていて、いつもの秀麗さが半分以下になっている。
そのほっぺたを両手ではさみこむと、ごほんと咳払いをしてから、子供に言い聞かせる口調で続けた。
「僕以外の人じゃ、その、そういうことできないなら、女の人とは会わなくてもいいですよね?」
「ん?・・・うん、そうだね、いらないかも」
「ご飯食べたいなら、外食すればいいじゃないですか」
「やだ、美味しくないもん」
「じゃ、僕の料理食べたいんです、よね?」
「だからさっきからそう言ってるじゃん!」
ぷくっと頬を膨らませる。
挟んだままの両手に力を入れてやれば、ぽすっと口から空気が抜けた。
今は半減してるけど顔だけは美形なのに、本当に残念な人だ。
「寝れないんだったら、抱き枕買えばいいじゃないですか」
「帝人君じゃないのなんていらない」
また目に涙が浮かび始めるのを見て、僕はため息をついた。
(馬鹿だ馬鹿だと思ってたけど、僕だって馬鹿だけど、一番はやっぱりこの人だ)
「知らないんですか?そういうのって、好きってことなんですよ」
そう言ってやると、きょとんとした顔で臨也さんが首をかしげた。
ひび割れた血色の悪い唇が開いては閉じる。
馬鹿だなぁという呆れと、何とも言えない愛しさでたまらなくなって、そこにそっと自分のそれを押し付ける。
(所謂あれだ・・・馬鹿な子ほど可愛いってやつだ)
ちぅ、と恥ずかしい音を立てて離れると、臨也さんの赤い目からまたボロボロと涙がこぼれた。
「いざ――」
「帝人君、だ。帝人君、みかどくん、みかどくん」
ぎゅぅっと力を込めて抱き締められる。
帝人君と名前を呼ばれ続けるのが心地いい。
「好きだから、側にいたいし、好きだから、抱きしめられたいし、好きだから、一緒にご飯食べて、寝て、そういうことして、一緒にいたいんですよ」
「みかどくん、みかどくん、帝人君すき。好き、好き大好き、側にいて、ご飯作って、一緒に寝て」
「臨也さんが僕のこと好きなら、いいですよ」
「好き、大好き。帝人君が好き、だから俺のこと愛して」
ぎゅうぎゅうと抱きついて涙混じりに告げられる言葉に苦笑して、真っ赤になった耳に「はい」と言ってやる。
「最初から、僕はあなたが好きですって、言ってるじゃないですか」
とりあえず睡眠不足な僕らはこのまま眠って、起きて、それから色んな事を話しあわないといけないと思う。
僕も臨也さんの事情なんてきかなかったし、臨也さんは自分の気持ちも知らなかった。
息苦しいほどに僕を抱きしめて、涙混じりの酷い声で、臨也さんは言った。
「次、俺から離れたりしたら、殺してやる」
「・・・・だから、最初から僕は、殺されるならあなたがいいって言ってます」
「あのチャット、ログ、残してる、からね。嘘言ったら、君を殺して俺も死んでやる」
物騒なことを言ってるのに、体は子供みたいにくっついてきて、首筋に埋めた顔をぐりぐりと擦られてくすぐったかった。
こんなこと言われて笑ってる僕も僕だけど、あのログを残してる時点でこの人もこの人だ。
(でもやっぱり僕は)
「好きですよ。だから僕を好きでいてくださいね」
そう告げると、臨也さんは泣き腫らした赤い目元をごしごしと擦って首を傾げた。
「やっぱり俺のセリフだよ。それ」
なにがですか、と問いかけようと開いた僕の唇に、涙でしょっぱくなってかさついた臨也さんのそれが押し付けられる。
キスの合間に囁かれる「好き」という声に、僕はようやく臨也さんの背中に手をまわして、力いっぱい抱きしめた。