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媚薬配合シャンプー2

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 もうもうと白い湯気が立ち込めている大浴場に人影は2つしかなかった。
 
 
土井は胸の前の湯を両手ですくい、ザバッと顔を洗う。程よい温度の湯が全身の筋肉をほぐす。あまりの気持ちよさに思わず声が出る


「土井先生、その『ウィ〜』って声、オジサンですよ〜」


 からかう様に言いながらタカ丸が湯船に入ってくる。


「うるさい。大人は色々あるのだ、色々」


 広い湯船には二人しかいないというのに彼はぴったりと横に座ってきた。その距離に土井は動揺する。


「……先生、約束は絶対に守ってくださいね?」

「ああ。お前に髪を曳き毟られちゃたまらん」


 タカ丸の柔らかく、だけどどこかに熱っぽさを感じる声。その熱の中にどこか盲信的な何かが垣間見える。
 すこし離れたい気分だったが、距離を露骨にとるのも大人気ないような気がして、落ち着かない視線を格子窓の外に送った。
 ―――この年頃になるとそっち方面でも個性が出てくるなあ。
 なかなか治まらない身体の疼きを無視し、無理矢理教師としての思考回路で結論づけてみる。
 淡い金色の月を見ながら、土井はつい今しがた髪を洗ってもらった時の気持ち良さと…複雑な出来事を思い出していた。





 脱衣場に着くなり、髪の結い紐を一気に引っ張ろうとした土井の手を、タカ丸は慌てて掴んだ。


「ちょっ…ダメですよ、髪が絡まっているのに力をいれちゃ!」


 ん?と全く事の重要性を意識していない呑気な顔がこちらを見る。タカ丸は手の中の結い紐を奪い取り、ゆっくりと絡まった髪を解いていく。指先に当たる、チクチクとした毛の感触に眉を顰める。


「そんなに慎重にならなくてもいいんじゃないか?女の髪じゃあるまいし…」


 苛立つ心に油を注ぐような発言をする教師を睨みつける。


「女性相手だったらこんなに苦労はしませんよ。彼女達はちゃんと僕の言う通りにしますから」


「……あー、そーか。なるほどな」


 土井は上を向いてしばらく何かを考えた後、突然納得したような真面目な表情になる。


「ま、おまえがモテるのは良く分かるが、学園在籍中の異性交遊は程々にしておくんだぞ」


 タカ丸は何の話か一瞬分からず、きっぱりと言い放つ至近距離の土井と目を合わせた。そして教師口調で勝手な思い込みを話す土井と自分の手元のグシャグシャになった髪の不釣り合いさがおかしくて、思わず吹き出してしまった。





 洗髪場で髪を洗う時、土井はなおもタカ丸が調合したものを使う事に抵抗した。
 焔硝倉から「もういらない」と言われていたが、そこに納得がいく理由はまだ聞いていなかった。でも、どんな理由であってもタカ丸は引き下がるつもりはなかった。絶対に自分の作品を使わせる、と意地になっていた。
 そこで、彼が職業柄もっとも弱い部分を攻撃する。


「そんなに…僕が、いえ僕のつくった物がお嫌ですか?そりゃ先生にだってお考えがあっての事だとは思いますけど、拒否される理由すら教えて下さらないなんて悲しいです。確かにこれは僕の自己満足だと言ってしまえばそれまでですが、今回は前作より先生の髪に合わせた成分を配合しようと試行錯誤を繰り返し、あらゆる素材を集めて自然成分の抽出に一週間以上を費やして…研究したんですよ。先生に使って頂く為に……」


 可愛い教え子の勉強熱心で純粋な気持ちが傷ついた、と言わんばかりの声色で視線を落とし、唇を尖らす。土井は驚いて目を見開き、みるみるうちにその表情を焦りが覆っていく。
 お、先生困ってる困ってる。もう一押しかな。
 消え入りそうに、さも独り言の様にタカ丸は続ける。


「せめて、一度だけでも使ってみて欲しかったなあ。僕の髪結いとしての最高傑作。祖父にも父にも胸を張って見せられる自信があるのですが…でも無理強いしては本末転倒ですよね。そこまで先生がお嫌だというなら、仕方がありませんよね。只の僕の我儘ですね。本当に申し訳…」


「わーかった、わかった!使うから!」


 震えるタカ丸の声を遮るように土井が言った。タカ丸は腹の中でニヤリと笑った。


「ほ、本当ですか?本当に、使って頂けるんですか」


「ああ。使う、使わせて貰うからそれをよこしてくれ」


 困った笑顔の土井が手を向けてくる。
 

「じゃあ、折角ですから僕が洗って差し上げます」


「へ?」


 驚いたようにこちらを見る土井。


「髪結いは頭皮の手技療法も学んでいるので、洗髪と合わせるときっと先生のお疲れにも効果的だと思います」


「いやぁ、そこまでしてもらわなくても」


 土井はタカ丸に差し出した手を引っ込め、ぽりぽりと頭を掻く。


「やっぱり…先生は僕の作ったものだけじゃなく、今まで培ってきた技術まで要らないとおっしゃるのですね…。僕が代々受け継いできた髪結いとしての誇りも名誉も…否定されるのですね」


 タカ丸は眉間に皺をよせ、悲しそうに俯いてみた。


「だから、そういうつもりではなくてっ!あーーもうーー、わかった!好きにしてくれ!」


 そう言って俯き、土井は手のひらで顔を覆った。それを見たタカ丸は今度は顔に出してニヤリと笑った。


「わかりました。先生がそこまでおっしゃるなら……絶対、気持ち良くしますから」





 土井の、歳の割に少し疲れた頭皮を軽くもみながらタカ丸はとても満足だった。
 傷んだ黒髪は調合液をかけるとみるみるうちにツヤを取り戻し、完全ではないにしろ以前の許容範囲だった土井の髪に近くなった。
 自分の手によって息を吹き返したり、死んだようにもなったりする目の前の髪。じっと眺めていると一本一本がタカ丸を見つめ返すように光が反射する。決して自分の好みの直線的で美しい髪ではないのだが、クセはあるけど素朴な土井の髪に愛しさすら感じはじめていた。
 タカ丸は昔、近所の年上の友人が「やっぱさ、綺麗なだけの女って飽きるんだよね。寄り添うなら顔はイマイチでも愛嬌ある女がいいぜ」と物知り顔で言っていた事が頭に過った。
 すると途端に指先に絡みつく黒髪がタカ丸に甘えてくる女のように愛らしく思えてきた。


「愛嬌…か」


「ん?タカ丸、何か言ったか?……おお〜、そこ、効くなぁ」


 わしわしとタカ丸に背後から頭を揉まれながら、気持ち良さそうに土井が声を洩らした。
 最初は抵抗感があったのだろうが、タカ丸の施術が思いのほか心地よかったようで何時の間にか全身から強張りが取れていた。今なら、聞き出せそうだ。


「土井先生、今まで僕のしていたことは……ご迷惑でしたか?」


「していたこと?」


「その、調合液をお渡ししたり、髪の状態を確認したり……」


 先刻から口を閉ざされたままの答えを、改めて問う。
 土井の気配が一瞬固まる。
 タカ丸は手を止めず、次の言葉を待った。


「……落ち着かんのだ」


「え?」


「自分の髪ではないような気がして、落ち着かんのだ」


 土井が発した言葉の意味にまだタカ丸の理解は追いつかなかった。


「どうしてですか?先ほど僕の調合液はとてもいいものだ、と褒めて下さいましたよね。良い髪になる事に抵抗があるのですか?」
作品名:媚薬配合シャンプー2 作家名:aya