媚薬配合シャンプー2
その問いに「違う」と否定が帰ってきた。
「髪が綺麗になるのはいいんだが、何て言うかな…。ホラ、自分の体の一部が自分の物ではない…なんて落ち着かんだろう」
タカ丸は自分の耳を疑った。
たった今。
この教師はもしかしてもの凄く大変な事を言ったのではないか?
持て余す土井への苛立ちや指先に蓄積する自分の欲望。その感情の輪郭が浮かび上がり始める。それと同時に後戻りの出来ない道への扉が目の前に突然現れたような気がした。
しかし相変わらず目の前の教師からは、ほぁ〜だの、う〜だの、呆けた声しか響いて来ない。
「土井先生…あの、それってどういうふうに『落ち着かない』んですか?」
「どんなふうにって…そうだな」
土井は顎に手をあててうーん、と唸った。
「自分の髪なのに人の物みたいな違和感というか…」
自然と心拍数が上がっていく自分に驚きつつも、指先の動きが怪しまれないよう意識する。タカ丸は動揺を声に出さないよう細心の注意を払って問いかけた。
「例えば…誰の物ですか?」
声がわずかに上擦ってしまった。
タカ丸は喉元にせり上がってくる緊張と動揺と甘い疼きを伴う期待を必死に飲み込む。
背後でタカ丸がそんな事になっているとも知らず、さらりと土井が、言った。
「そりゃ、おまえの物、だろ」
ピタ。とタカ丸の手が止まった。
(うわぁあああぁ!あんた何てこと言ったんだ今!なんてこと言ったーー!!!)
一気に沸騰した熱い血液が、体内をもの凄い速さで駆け巡る。まるで湯にのぼせたかのように視界がぐらぐら揺れた。指先まで熱い血が飛び火したように巡り、そこから土井に自分の只ならぬこの状態が伝わってしまうのではないかと思った。
先生が、自分の事を思い出していたなんて。しかも、この、髪を触る度に。
土井の愛嬌を感じる髪から自分が連想されている思うと、タカ丸は今までに感じたことのない嬉しさと抑え難い強い欲望がわき上がってきた。
「タカ丸?どうした?」
自分が問題発言をしたなんて微塵も思っていないようないつも通りの声が前から響く。
タカ丸はその強すぎる欲望が自分の指先に宿るのを感じた。
「先生……どうしてオレの物だと困るの?」
明らかに先程までと違う自分の声色に気付いた土井が振り返ろうとするが、両手で頭部に触れる指先に力を込めその動きを封じる。
「ダメですよ。ちゃんと前を向いていて下さいね。施術出来なくなっちゃうから」
そう言うと、両手全体で頭皮を包み込むようにして、首筋にゆっくり下ろす。
見れば見るほど、触れれば触れるほど手に絡みつく黒髪に愛着が湧いてくる。全部の指で髪を透かすように上下にうごかす。
その途中、長い中指を耳の中に入れると土井の肩が軽く跳ねた。
「おい、そこは……」
ねっとりと耳の中を刺激しながら親指をうなじに添わせる。
「つっ…待て、タカ丸、……これも施術なのか…っ…」
土井は思わず肩を竦める。
「もちろんでーす。お疲れが溜まっている方ほど反応してしまうらしいので、先生、安心して声出して下さいね」
しれっと言い放つ声色とは裏腹に、耳を、首筋を、タカ丸の指は舐める様に動く。
教師としての理性と正直に反応する快感に挟まれ、身もだえる目の前の男をやけに冷静に見ている自分に驚く。
この人感じやすいんだなー、溜まってんのかなー。それとも流されやすいだけ?
などと頭の片隅で考えながら両手を首から鎖骨へ往復させる。
両手で首周りの反応を確かめながら、顔を近づけ、耳の中に直接流し込むように囁く。
「土井先生。オレの事、頭から離れなくて困ってたんですねぇ。…ひさびさに嬉しい告白だなあ」
「……!!それは、そういう意味ではなくて…」
ようやく、自分の口にした言葉の意味が理解できたのか、土井の耳たぶがほんのり朱に染まる。タカ丸はそれが可愛く見え、唇で挟みたい衝動に駆られるがぐっと耐える。
「オレがつくり変えた髪は、オレの物なんでしょ?『良すぎて困っちゃう』なんて、最高の褒め言葉」
うなじに息がかかる程顔を近づけ、後ろから抱え込むような形で指先を土井の胸元に這わせる。長い髪の合間からちらりと見える胸の 突起がやけに卑猥で、男相手に反応し始めた自分の下半身にも驚いたが、止まらなかった。
「土井先生…オレ、先生の髪誰にも渡したくないって思っちゃいました。土井先生自身にも。」
「何を言っているんだ…。わけのわからんことを、言うなっ…っあ」
土井の胸元に落ちている髪の房をまさぐるように手のひらで押さえる。胸の上で存在を主張する二つの突起はタカ丸の手と髪で刺激され、土井の息遣いが荒くなってくるのを感じる。
「だって、先生、自分の髪苛めちゃうでしょ?オレの事思い出しながら。それもすっごくたまんないだけど、この髪、こんなに素直にオレに触れられて喜んでるんだよ?こんなに可愛い子に酷い事するなんて出来ないよ。ね、先生。先生が大事にしないなら、オレにちょうだい」
顎下の薄い皮膚を軽く吸いながら土井の髪を手に絡め、胸の突起を摘みあげる。
湯気が立ち込める浴場内は白いもやが艶めかしさを助長する。二人の皮膚を伝うのは水蒸気なのか汗なのかもわからない。
腕の中の土井は必死に上がる息を抑え、声を絞り出す。
「今日のおまえ…ちょっと…怖いぞ。自分で何言っているのかわかっているのか…っ」
横目できつくこちらを睨んでいるつもりだろうが、頬は染まり、息は上がり、目尻に涙を浮かべた土井に説得力はなかった。目を合わせたまま、タカ丸は舌を出し、近くにある愛しい黒髪にゆっくりと這わせた。その様子を視界に捉えた土井は、息を呑みタカ丸の行為をただ、凝視していた。タカ丸に向けられた視線はいつもの穏やかな教師のそれではなかった。抗えない快楽と、微かに垣間見える恐怖。
タカ丸は嗜虐的な気持ちが生まれる瞬間を感じた。熱い指先を胸元から下半身にぬるぬると進める。僅かな恐怖も快感に飲み込まれ、すぐに土井の口から色のついた吐息が漏れかける。
「…っ、やめろタカ丸…っ!わかった、おまえの調合液、使うから…もう、やめてくれ」
強い快楽が押し寄せる行為の前に土井の声が強くなった。
タカ丸はもう少し楽しみたい気持ちもあったが、今の土井の言葉にそれまでにない充足感を感じていたので、あられもない場所へと伸びていた手を止めて土井の両肩をぽん、と持った。
「土井先生……。これからはちゃんと毎日、お手入れして下さいね」
息が上がっている肩に手をかけて、土井の顔を覗き込んだ。涙を浮かべた表情をみていると「髪の毛以外も可愛いかも」と思えた。
―――結局、タカ丸の思惑通りになってしまった。
格子窓の外の美しい月を眺めながら土井は重い溜息をついた。
土井は自分の流されやすさを恨みつつも、タカ丸の強引な交渉に少し感心する。
(社会経験があるせいなのか、先祖譲りの忍びの資質か…どちらにしろ、思った以上にあなどれん男かも知れん)
作品名:媚薬配合シャンプー2 作家名:aya