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わたしが死ぬあかい夢を

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――今まで嫌な夢を見てたんですよ。
――笑っちゃうでしょう、あなたが死ぬ夢なんて。

 目が覚めたら少尉にそう云おうと思いながら、誰もいない瓦礫の街を一人で歩いていた。
 赤い雨が降っている。どこからか調子の外れたアメリカ国歌が聞こえてきて、おれは雨の生臭さとその国歌の音に吐き気を催す。遮るものがなにひとつない空は未だ曇っている(三度目のきのこ雲からもう何年か経っているのに)。雨雲というより鉛のような色の雲から、しとしとと赤い雨が降っていた。血の匂いがする雨。見覚えのある色の雨。
 水溜りに映った自分の顔を見ながら、その色を最後に見たのはいつだったかを考える。出血なんてざらだから、別に記憶を辿るまでのことはないと思ったけれど、思い出した自分の血と、雨の色は明らかに違った。血の色とは違うのかというと、この鉄錆のような、けれどもどうも生臭いこの匂いは明らかに血だ。瓦礫からガラス片を拾い上げて指先を切ると、ふつりと血が玉を作った。やっぱりおれの血の色とは違う。
 ふと、閉ざされてしまったトンネルの隙間から噴き出した血の色のことを考える。それはこの雨の色と同じ色をしていた。でもそもそもそんな光景、おれは見たことない。多分夢で見たのだろう、あの、嶋田少尉が死んだ夢で。
 思い出しておれは笑う。少尉が死ぬだって?あんなに賢くて落ち着いていて冷たい人が死ぬわけない。夢でさえそれは馬鹿馬鹿しいことだ。おれはぴちゃりと音を立てて水溜りを踏みつけた。足に柔らかい感触があって、跳ねた赤が靴を汚す。水溜りの底に何かがある。おれはそれを拾う。真っ白な右手が真っ赤に染まっていた。見覚えのある位置に黒子があって火傷の痕があって、何よりその骨ばった形は少尉の右手そのものだった。
 アメリカ国歌はますます調子を外して大きな音で鳴り響いている。このことも少尉に話してあげようとぼんやり思った。彼はどんな顔をするだろうか。悪趣味な話が嫌いだから露骨に眉を顰めるかもしれない。
「ぼくに死んで欲しいと思ってるのか?」
 とかって真面目に聞かれたりするかもしれないし、あるいは簡単に流されてしまうだろうか。
作品名:わたしが死ぬあかい夢を 作家名:nabe