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わたしが死ぬあかい夢を

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 なんとなく空を見上げると、鉛色の雲から降り注ぐ雨が目に入る。視界が一瞬にして真っ赤に染まった。不快でも痛くもなかった。これは少尉の血の色だ、少尉の血だ。だから別にいい。おれは拾った右手を見る。粉々に砕けてしまった筈の身体の、一部にでも触れられることが嬉しかった。本当はすでに存在しない右手と手を繋ぐ。冷たいそれは反応することはないが、おれは少尉に向かって話しかけるような気分で右手に語りかける。
 ねえ少尉、おれがこんな夢を見るのは別に少尉のことが嫌いだからじゃないんですよ。おれは少尉が死んでしまったら哀しいと思うしもう生きている意味もなくなってしまうかも知れないと思ってる、だからいわばこれはシミュレートなんです。最悪の場合を常に考えろって大尉も少尉も云ったでしょ、おれはそれまで教官にも上司にもそんなこと教わらなかったけど。これがおれにとっての最悪なんです、きっと。ねえ少尉、今まで云ったことなかったけどおれあなたのこと多分すごく好きなんだ。だから。
 おれは笑う。おかしくておかしくて笑いが止まらない。何を云っているんだ、何を考えていたんだ?
 少尉は死んでなんかいないだろう。トンネルから噴き出した血を見たのも、少尉が跡形もなく粉々になったのも、全部おれの夢の中のことじゃないか。その右手もこの血も少尉のものであるわけがない、そうじゃなきゃこれも夢なんだ。これは夢だろう、とおれは呟いた。さっきから目が覚めたときのことを考えているんだ、これも夢だろう。どっちにしろ少尉は生きている。もしかしたら全部夢かもしれない。多分もう戦争は終わっているんだ。人間は勝ったんだ。化け物はいないんだ、この国に核は落ちていないんだ、誰も傷ついていないんだ、何も起こっていないんだ。少尉は、生きているんだ。そしておれは死んでいるかも知れない。
 そう思ったとき目が覚めた。目が覚める直前、おれは真っ赤に染まった白い右手を抱きしめた。二度と触れることの出来ない少尉の、
作品名:わたしが死ぬあかい夢を 作家名:nabe