わたしが死ぬあかい夢を
目が覚めたら戦争は終わっていた。
窓の外から流れ出すのは、多国籍の兵士達がてんでばらばらに歌う調子の外れたアメリカ国歌だった。おれがいるのは病院のベッドの上。だが、ほとんど傷なんてなかった。おれは生きているが、戦争は終わっている。多分人間は勝った、そして人間が勝ったその瞬間をおれは見ている。何も起こっていないわけじゃないし誰も傷ついていないわけじゃないけど、化け物を根絶やしにするまでそう時間はかからないだろう。
ただどうしようもないことに少尉は死んでいる、少尉はもういない。さっきの夢の中で、自分が少尉の生存を盲信していたことが、やたらと滑稽に思えた(だっておれは少尉が死ぬ場面を見ている。あの夢の中でもそのことを思い出していたのに)。それにおれは夢の中の状況こそが最悪だと感じていたみたいだけど、現実ははるかに悪い状況だ。少尉が死んだのはおれの所為だということも、そのおれが生きているということも、あの夢の中では現実感のないことだったけれど、今、それは天井から目の前にぶら下がってきた蜘蛛みたいにはっきり見える。少尉が死んだのはおれの所為だ。そして、少尉が死んでしまったならおれが生きている意味ももうないのに、おれは生きている。彼に救ってもらった命だから簡単に切り捨てることなんか出来ない。
おれは死ねない。あんなに死にたかったのに、少なくとももう、彼が納得しない死は迎えられない。ひょっとするとそれも彼の計算のうちだったのだろうか。何もかも終わったあとおれが目標を失わないように。だとしたら、彼は相当の自信家に違いない。そんな生き方をおれが選ぶとでも思っているのだろうか、彼の為に生涯を捧げるのと同義の生き方をおれがすると思っているのか?
笑わせてくれるじゃないか。あんたはおれを悩ませるのが楽しいのかも知れないな。それにおれが最終的にはあんたの思惑通り生き延びようとすると思ってる。多分、それは当たってる。おれはこうして悩んで悩んで生きる道を選ぶことだろう。でもおれはあの夢の中であんたの血を浴びて綺麗な手を抱きしめて、そうしているうちに死ねたらどれだけよかっただろうと思ってるよ。ずっとそう思って生きていくんだ。
生きていくんだ。そこだけ、声に出してみた。
作品名:わたしが死ぬあかい夢を 作家名:nabe