車轢於轍/如影随形
「なら力尽くで先輩の『名』、いただきますね」
ザァ、と波のような音がして、青葉の背後に巨大なサメが現れる。なるほど、これが青葉の異能なのだろう。サメは青葉の周囲をゆっくりと旋回し、やがてひたり、と帝人に狙いを定める。しかし帝人は微動だにしない。いっそ不気味な程に。
「先輩は、異能、使わないんですか? コレ、脅しじゃないですよ?」
「使ってるよ。ずっと」
ハッタリだ、と青葉は考えつつも警戒を強める。帝人は何かを具現させた様子はない。しかも彼等に隠れて携帯電話を操作していた。片手間で出来る程に異能は簡単に操作出来はしない。出来たとしたら化け物だ。
「ところで青葉君、互いに被害は最小限に抑えたいよね?」
「……そうですね」
「なら、僕と君とで一騎打ちで良いかな? 1人分しかないんだ」
何が、と問う前に足元から違和感が迫り上がってくる。何だ、と認識する前に、それは青葉の首、更には頭まで呑み込んで
「――――――――――ッ!! ―――――!?」
彼から空気を強制的に断絶させた。
青葉は咽喉を押さえてもがき、苦しむ。声すら上がらない。青葉の陥った状況は、否応なく彼の具現させたサメにも影響を及ぼす。サメは宙から地へと落ちてのた打ち回り、青葉自身は必死で空気を取り込もうと宙を掻く。その様はまるで溺れているようだ。
「あ、青葉!?」
「テメエ、何しやがんだコラァ!!」
帝人が何をしたかは分かっていないのだろうが、青葉の仲間は帝人へと殴りかかろうとする。しかしそれは叶わない。
「一騎打ちっつってんだろ」
「邪魔をするなら、斬ります」
正臣の布が彼等の行く手を阻み、杏里の刀が彼等に突きつけられる。
「帝人も殺す気はねえから、黙って見てろ」
異能者に一般人が太刀打ち出来ないとは限らないが、今回は相手が悪い。黄色の『将軍』に赤色の『母』、彼等の顔は彼等の青色に染まる。
「結果は知りませんけど」
目をつけた相手がそもそも不味かったのだ、と後悔しても遅い。
「溺死って苦しいんだってさ」
動かなくなった青葉を見、帝人は能力を解除した。ドシャ、と青葉は地面に崩れ落ちる。サメは既に消えていることを確認すると、彼は青葉の傍らに膝を着いて呼吸を確認する。
「あちゃあ、息が戻らない」
やりすぎたか、と脈を取る。こちらはどうにか動いていた。なので気道を確保し、荷物から闇医者から借りてきたアンビューバッグを出すと、鼻と口に被せ、呼吸を戻そうと試みる。傍からは随分と手馴れているように見えた。やがて息を吹き返した青葉が咳き込むとそれを外し、彼の仲間の方へと向き直る。
「大丈夫だと思うけど、一応病院へ運んで」
それをお前がいうのか、と睨まれても帝人は動じない。
「早く。もしも何かあったらどうするの?」
舌打ちをしつつ、1人が青葉を担いでワゴンへと走っていった。他の仲間がそれに続くなか、最後の1人に帝人は声をかける。
「……青葉君は能力が身代わりになったからあの程度で済んでるけど、君たちはそうはいかないから」
盛大に脅しておいて、今度こそ彼等を見送った。
他に誰もいなくなった廃工場で、帝人は正臣と杏里に笑いかける。
「帰ろうか」
何事もなかったかのように、後には静謐な日常だけがあった。
〈了〉