とある黒猫の一日
日差しが優しく心地よい風が吹き抜ける、とても気持ちの良い日です。いつも難しいお顔をしてお仕事をしていらっしゃるご主人様も今日はお休みのようです。いつもの黒いお洋服では無く、藍色の和服を着ておられます。黒いお洋服には沢山きらきらした飾りが付いていて、私にはそれはそれでとても魅力的なのですが、今日のような和服の方が優しい匂いがする気がして私は大好きなのです。
縁側に座って寛いでいらっしゃるご主人様の腰に顔を擦り付けます。そうするとやはり、ふわりと柔らかい香りが私の鼻腔を満たします。もっともっとと頬でご主人様を撫でていると、私の身体を宙に浮き、ご主人様のお膝の上に乗せられてしまいました。
さて、このお家には私とご主人様の他に、犬のぽちさんがいらっしゃいます。犬と私達猫は仲が悪いのが一般的らしいのですが、ぽちさんは私にとても優しくしてくれて、二匹はとても仲良しです。しかし、それでもたまに取り合いになってしまう程、ご主人様のお膝は特等席なのです。
周りを見渡してみると、私が居た所の反対側のご主人様の隣でぽちさんも丸くなってお昼寝していらっしゃいました。これなら喧嘩になりませんね。私は安心して足を折りました。こうすると私のお腹でぴっとりと温かなご主人様の体温を堪能する事が出来るのです。
暫くご主人様の太ももの上でうとうととしていると、遠くからにいと鳴き声が聞こえてきました。久しぶりに聞く声でしたが、間違えありません。あの方です。
それからの行動はあっと言う間でした。自分でもうとうとしていたのが嘘のように立ち上がって庭に飛び降りました。驚いた顔をしたご主人様がきく?と不思議そうに私の名前を呼びました。その後に続いた言葉は分かりませんが、きっと私を案ずるものなのでしょう。
大丈夫ですよ、少し遊んでくるだけですから。ご主人様の言葉が私には分からないように、ご主人様に私の言葉は分からないのでしょうけれど、私はそう言って、尻尾を勢いよく三回振って、塀を飛び越えました。
塀を飛び越えるとすぐそこに声の主はいらっしゃいました。金色の毛並みが眩しい彼は、あーさーさんと言います。目の上の白いまあるい模様が魅力的な私より一回り大きい猫仲間です。普段は遠い所に住んでいるようですが、彼のご主人様がこちらに来る時にいつも付いて来ているそうです。
久し振りに会えたのが嬉しくて、ごろごろと喉を鳴らすと、あーさーさんは私の背中を首で擦って嬉しそうに鳴きました。
暫く再会の喜びに身を任せた後、私達は近所にある空き地へと移動しました。空き地と言っても、人間の子供も走り回って遊べるような草の生い茂る土地が只管広がっているような場所です。様々な種類の小さな花や植物が辺りを覆っており、そこ駆け抜けると肉球を草がくすぐる感触がとても気持ち良いのです。あーさーさんも気に入ってくれたようで、背の高い黄色い大きな花をじっと眺めたりしていらっしゃいました。
喜んでもらえた事はとても嬉しいですが、こう周りばかり見ているのではつまりません。金色のふわふわした尻尾を捕まえて、軽く齧ります。振り返ったあーさーさんにだいえーにゃん覚悟にゃん!と叫ぶと、あーさーさんも夏の木の葉と同じ色の眸を輝かせて、にってーこそ覚悟しろにゃんと私の尻尾を追いかけてきました。
勿論私の名前はにってーではありませんし、あーさーさんの名前もだいえーではありません。にってーと言うのは私のご主人様のお名前です。本当はもう少し長い名前なのですが、人間の言葉は私には難しくて、あまり長い単語は覚えられません。私は直接その方に会った事はありませんが、だいえーもあーさーさんのご主人様の名前だそうです。
私達のご主人様達は少し変わったお仕事をしています。やはり猫にはそれがどんなお仕事なのか分からないのですが、帝国というお仕事をしているそうです。
そんなご主人様の真似をして遊ぶ帝国ごっこが最近の私達の流行りなのです。最近と言ってもあまり会えませんので、もう一年ぐらいはやっていますが。
お互いの尻尾を追いかけてくるくる二匹で回ります。私はこの街では一番すばしっこいと少し名の知れた猫なのですが、体が大きいのにあーさーさんもとても足が速いです。捕まらないように一生懸命土を蹴ります。
しかしあんまり回り過ぎて頭がくらくらしてきてしまいました。右前足がふら付いたのとあーさーさんに尻尾を齧られてしまいました。軽くだったのでそれは痛くなかったのですが、久々の感覚に驚いてしまい、その所為で体の均衡を大きく崩してしまいました。あ、危ない。そう思っていた時には私の体はもう立て直せない程傾いていました。
硬い地面に叩きつけられるのを覚悟して、目を瞑ったのですが、体が覚えたのは柔らかい感触。恐る恐る目を開けると、下から私を心配する声。なんと、あーさーさんが私の下敷きになっていてくれていたのです!
大丈夫だと告げてもあーさーさんは私の事を心配してくれますが、私にしてみれば、綺麗な毛に土を沢山付けてしまったあーさーさんの方が心配です。
申し訳無さに打ち震えていると、苦笑いしたあーさーさんが私の毛並みを整えてくれました。それについうるっときてしまった私は、顔を隠すようにあーさーさんのお腹に顔を埋めたのでした。
それから気を取り直して、お互いの生活やご主人様の事を話したり、ただ寄り添ってみたり、会えなかった時間を埋めようとしていたのですが、時は残酷でまたすぐに別れの時間が訪れてしまいました。あーさーさんは彼のご主人に内緒で此処に来ているので、絶対にご主人様より先に帰らなければならないそうです。
夕日の色に染まった道を二匹で歩きます。長く伸びた影の濃さはまるで我侭な私の本心のようでした。たまに会えるだけで幸せなのです。引き止めたいなんて、考えてはいけない事なのです。
見慣れた日本家屋が目に入ります。嗚呼、もうお別れです。淋しさでつい耳も下を向いてしまいます。こんな露骨な態度、いけないとは思うのですが、こればかりはどうしようも出来ません。
毎日の生活に不満がある訳ではありません。ご主人様は私を甘やかしてくれますし、ぽちさんと遊ぶのも楽しいです。猫仲間も数えられない程居ます。しかし、やはりあーさーさんはそれとは違う、特別なのです。それがなんなのか、私にはまだ上手に言えませんが。
ついに家の前まで来てしまいました。無言のまま視線を合わせて尻尾を絡めます。また、会いましょう。二匹だけの約束の証です。
あーさーさんが遠くへと歩いていってしまう姿なんて見たくなくて、別れの挨拶をすると、すぐに顔を背けました。淋しさやら切なさやらに押しつぶされそうで、自分でも私が今にも泣きそうな顔をしているのを予想する事が出来ました。日本男児たるもの、人様に涙なんて見せてはいけません!そうなんとか自分を奮い立たせます。そうです、日本猫たるもの、大切な人の前で泣いてはいけないのです。
縁側に座って寛いでいらっしゃるご主人様の腰に顔を擦り付けます。そうするとやはり、ふわりと柔らかい香りが私の鼻腔を満たします。もっともっとと頬でご主人様を撫でていると、私の身体を宙に浮き、ご主人様のお膝の上に乗せられてしまいました。
さて、このお家には私とご主人様の他に、犬のぽちさんがいらっしゃいます。犬と私達猫は仲が悪いのが一般的らしいのですが、ぽちさんは私にとても優しくしてくれて、二匹はとても仲良しです。しかし、それでもたまに取り合いになってしまう程、ご主人様のお膝は特等席なのです。
周りを見渡してみると、私が居た所の反対側のご主人様の隣でぽちさんも丸くなってお昼寝していらっしゃいました。これなら喧嘩になりませんね。私は安心して足を折りました。こうすると私のお腹でぴっとりと温かなご主人様の体温を堪能する事が出来るのです。
暫くご主人様の太ももの上でうとうととしていると、遠くからにいと鳴き声が聞こえてきました。久しぶりに聞く声でしたが、間違えありません。あの方です。
それからの行動はあっと言う間でした。自分でもうとうとしていたのが嘘のように立ち上がって庭に飛び降りました。驚いた顔をしたご主人様がきく?と不思議そうに私の名前を呼びました。その後に続いた言葉は分かりませんが、きっと私を案ずるものなのでしょう。
大丈夫ですよ、少し遊んでくるだけですから。ご主人様の言葉が私には分からないように、ご主人様に私の言葉は分からないのでしょうけれど、私はそう言って、尻尾を勢いよく三回振って、塀を飛び越えました。
塀を飛び越えるとすぐそこに声の主はいらっしゃいました。金色の毛並みが眩しい彼は、あーさーさんと言います。目の上の白いまあるい模様が魅力的な私より一回り大きい猫仲間です。普段は遠い所に住んでいるようですが、彼のご主人様がこちらに来る時にいつも付いて来ているそうです。
久し振りに会えたのが嬉しくて、ごろごろと喉を鳴らすと、あーさーさんは私の背中を首で擦って嬉しそうに鳴きました。
暫く再会の喜びに身を任せた後、私達は近所にある空き地へと移動しました。空き地と言っても、人間の子供も走り回って遊べるような草の生い茂る土地が只管広がっているような場所です。様々な種類の小さな花や植物が辺りを覆っており、そこ駆け抜けると肉球を草がくすぐる感触がとても気持ち良いのです。あーさーさんも気に入ってくれたようで、背の高い黄色い大きな花をじっと眺めたりしていらっしゃいました。
喜んでもらえた事はとても嬉しいですが、こう周りばかり見ているのではつまりません。金色のふわふわした尻尾を捕まえて、軽く齧ります。振り返ったあーさーさんにだいえーにゃん覚悟にゃん!と叫ぶと、あーさーさんも夏の木の葉と同じ色の眸を輝かせて、にってーこそ覚悟しろにゃんと私の尻尾を追いかけてきました。
勿論私の名前はにってーではありませんし、あーさーさんの名前もだいえーではありません。にってーと言うのは私のご主人様のお名前です。本当はもう少し長い名前なのですが、人間の言葉は私には難しくて、あまり長い単語は覚えられません。私は直接その方に会った事はありませんが、だいえーもあーさーさんのご主人様の名前だそうです。
私達のご主人様達は少し変わったお仕事をしています。やはり猫にはそれがどんなお仕事なのか分からないのですが、帝国というお仕事をしているそうです。
そんなご主人様の真似をして遊ぶ帝国ごっこが最近の私達の流行りなのです。最近と言ってもあまり会えませんので、もう一年ぐらいはやっていますが。
お互いの尻尾を追いかけてくるくる二匹で回ります。私はこの街では一番すばしっこいと少し名の知れた猫なのですが、体が大きいのにあーさーさんもとても足が速いです。捕まらないように一生懸命土を蹴ります。
しかしあんまり回り過ぎて頭がくらくらしてきてしまいました。右前足がふら付いたのとあーさーさんに尻尾を齧られてしまいました。軽くだったのでそれは痛くなかったのですが、久々の感覚に驚いてしまい、その所為で体の均衡を大きく崩してしまいました。あ、危ない。そう思っていた時には私の体はもう立て直せない程傾いていました。
硬い地面に叩きつけられるのを覚悟して、目を瞑ったのですが、体が覚えたのは柔らかい感触。恐る恐る目を開けると、下から私を心配する声。なんと、あーさーさんが私の下敷きになっていてくれていたのです!
大丈夫だと告げてもあーさーさんは私の事を心配してくれますが、私にしてみれば、綺麗な毛に土を沢山付けてしまったあーさーさんの方が心配です。
申し訳無さに打ち震えていると、苦笑いしたあーさーさんが私の毛並みを整えてくれました。それについうるっときてしまった私は、顔を隠すようにあーさーさんのお腹に顔を埋めたのでした。
それから気を取り直して、お互いの生活やご主人様の事を話したり、ただ寄り添ってみたり、会えなかった時間を埋めようとしていたのですが、時は残酷でまたすぐに別れの時間が訪れてしまいました。あーさーさんは彼のご主人に内緒で此処に来ているので、絶対にご主人様より先に帰らなければならないそうです。
夕日の色に染まった道を二匹で歩きます。長く伸びた影の濃さはまるで我侭な私の本心のようでした。たまに会えるだけで幸せなのです。引き止めたいなんて、考えてはいけない事なのです。
見慣れた日本家屋が目に入ります。嗚呼、もうお別れです。淋しさでつい耳も下を向いてしまいます。こんな露骨な態度、いけないとは思うのですが、こればかりはどうしようも出来ません。
毎日の生活に不満がある訳ではありません。ご主人様は私を甘やかしてくれますし、ぽちさんと遊ぶのも楽しいです。猫仲間も数えられない程居ます。しかし、やはりあーさーさんはそれとは違う、特別なのです。それがなんなのか、私にはまだ上手に言えませんが。
ついに家の前まで来てしまいました。無言のまま視線を合わせて尻尾を絡めます。また、会いましょう。二匹だけの約束の証です。
あーさーさんが遠くへと歩いていってしまう姿なんて見たくなくて、別れの挨拶をすると、すぐに顔を背けました。淋しさやら切なさやらに押しつぶされそうで、自分でも私が今にも泣きそうな顔をしているのを予想する事が出来ました。日本男児たるもの、人様に涙なんて見せてはいけません!そうなんとか自分を奮い立たせます。そうです、日本猫たるもの、大切な人の前で泣いてはいけないのです。