ジャンクヤードにて
それはジャンクヤードの奥の奥。
そこだけぽっかりとあいたような平地に、地べたに座り込んだアンドロイドが一体、目を閉じている。
夏の日差しを受けてその、整った造形を照らしあげていて、そこだけ別の世界のような、そんな幻想を抱かせた。
白衣をひるがえして、人影はゆっくりとそのアンドロイドに近づく。しゃがみこんでその顔をじっくり見たいと、顔を近づけて。そうしてそっと、アンドロイドの頬に触れた。
ざらりとした、塩の感触は、海風に乗ってきたものなのだろう。
だからこんな海上に廃棄所を作ることは反対だったのに、と人影は思う。それからゆっくりと、アンドロイドの頭を撫でた。外観の劣化が激しいが、想像していたほどではない。良かった、これなら治る。これならまだ大丈夫。
「帝人、それで間違えないのか?」
後ろから声をかけたのは、ワゴン車の助手席から顔を出した男だった。
「はい、この子です。見つけてくださってありがとうございます、門田さん」
「おお、そんなら運び入れるか。ちょっと待て」
ワゴン車のトランクを、アンドロイドを運び入れ易い方向になるよう、車を入れ直すためにいったんワゴン車が遠ざかる。
帝人はもう一度、臨也の横に膝をついた。
5年前のことだ。
最後に臨也の姿を見たのは、それほど昔のことなのだ。
10歳の夏、父親の研究所で「フィール・プログラム」というものの実験が行われたとき。先に試験的にプログラムをインストールした臨也が見事に適応して見せたので、他のアンドロイドにも是非と、助手が進言して行われたらしい。
結果は、最悪のものになった。
一緒に研究をしていた助手2人も、帝人の父親も暴走したアンドロイドによって天に召された。家にあった研究室の高価な機材もことごとく壊されたし、アンドロイドの様々なデータの入ったパソコン機材も壊滅的だった。
あのとき、臨也が帝人を逃がしてくれなかったら。
帝人もおそらく、あの時死んでいただろう。
門を閉ざして、そしてその中でどんな死闘があったのかは分からない。ただ、あの後アンドロイド対策のプロと一緒に戻った屋敷は酷い有様で、そして臨也は半分壊れかけていた。
本当なら、と帝人は思う。
本当なら、あの後臨也は無事に帝人が引き取る予定だったのだけれども。
修理を終えた後、暴走したアンドロイドたちの暴走のきっかけとなったプログラムを、臨也もインストールしていることがばれてしまった。
その後、帝人に無断で臨也は廃棄された。
5年前の、話だ。
それからずっと、探していた。
門田たちがここに出入りするジャンク屋と知って、臨也の写真を手渡したのも帝人だ。
見つけたら、必ず、必ず知らせてほしいと。帝人も衛星写真から必死で探していたけれど、ゴミの山の中に埋もれていたとしたら見つかりっこないし、気休めに近かった。それよりは実際にここに足を踏み入れる門田たちの方が、と。
そうして、今。
今、ようやく。
帝人は大きく息をついて、そこに「居る」臨也をゆっくりと抱きしめた。あのとき、壊れかけた臨也を抱きしめたように。
「・・・臨也、さん」
ああ、ああ。
久しぶりだ。本当に久しぶりに、その名前を呼んだ。
帝人がつけた名前。帝人が、気に入って呼び続けた名前だ。できればでいいんだ、なんて。
そんな悲しいことを言わないでほしかった。だって、
「・・・っざやさ…!いざ、やさん!臨也さんッ!」
会いたかった、会いたかった会いたかった!
帝人を温かいと言った、帝人を愛していると言った、笑った、この人を。
ぼろぼろとこぼれ落ちる帝人の涙が、臨也の頭に落ちて、日に焼けた黒髪を滑り落ちる。そばにおいて、なんて、言われなくても。そばにいてほしいのは、帝人のほうだ。
ずっとそばに、ずっと、ずーっと。
これからは、ようやくまた一緒に。メモリはデリートされているかもしれないけれど、それならそれでもいい。だから。
「そばに、居てくれなきゃ・・・いやです」
つぶやいた言葉はずっとずっと言いたかったこと。
5年前からずっと、ひたすらに臨也を探しながら、願っていたこと。
「みかど、くん」
不意に。
声が伝わってきて、はっと帝人は顔を上げた。
「いざ、や、さん?」
涙で滲む視界の中、その姿を見ようとした帝人の体を、力強い腕がぎゅっと抱き寄せる。
「・・・泣かないで、よ」
声が、5年越しの声が、帝人の鼓膜を揺らす。
閉じられていたまぶたが、ゆっくりと、ゆっくりと開いていく。その目は、ずっと帝人が探していた、柔らかく優しく帝人を見つめてくれたあの、赤い目。
夢を見ているのか、と帝人は瞬きをして、臨也の顔にそっと手を触れる。臨也はくしゃりと表情を歪めて、はは、と小さく笑った。
「何これ。夢でも見てるのかなあ俺。帝人君が大きくなって迎えに来てくれる夢なんて、幸せすぎて死んじゃいそうだ」
生きてもいないのにね、そう続けて、臨也は。
「ああでも、夢でも、会えてよかった。足の接続部壊れちゃって、もう俺動けそうにない、し」
「臨也、さん」
「愛してるよ、帝人君」
「・・・ッ臨也さん!」
大声を出した、その声にはっとしたように、臨也が瞬きを何度か繰り返す。まるでそこにいるのは本物なのかと確かめるように、何度も何度も。
「そばに、居て、くださいよ・・・!」
一度引っこみかけた涙が、もう一度ゆるゆると帝人の目にたまる。
会いたかった、会いたかった、ずっとあなたを探していた。だから、夢だなんて言わないで。
「あなたを迎えに、来たんです・・・!」