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【夏コミ・グッコミ新刊サンプル】はいははいに

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「あなたの話はつまらないよ、説教ばかりだ」
 雲雀は外陣に連なる椅子の一つに転がりながら、ディーノの語り口上に難癖をつけた。
 昼の時間であるならば敬虔な信者たちが祈りを捧げる場所であるのに、今は吸血鬼がだらしなく身を伸ばし寝そべっている。
 ディーノは困ったように笑い厚く織られた布でカバーされた聖書を閉じた。
 若干薄められた緑がかった茶色の瞳は、奔放な吸血鬼を、駄々をこねる子供と同じようにみなし、手に余らせているようである。
 今まで、悲鳴をあげ逃げ惑う人間たちは多く存在し、その恐怖のまま非力を束にして物量で押しつぶそうと、何度も雲雀に襲い掛かってきた。
 しかしディーノは雲雀が傍にいることを恐れず、こうしてただ気の向くまま夜が更けていくのを楽しんでいるようにも見える。
 もともと、最初の対峙から雲雀に対して忌避の感情を向けることはなかった彼だから、楽しんでいる向きもあるのだろう。奇怪な人間だと思うのと同時に、それでもこの街から離れようとしない自分にも不思議さを感じる。
 初めての感情をどう取り扱ってよいかわからず、ただ彼の姿を眺めていた。二人が出会う夜の時間は、昼と違いさんさんと輝く太陽もなくは、明かりが限られている。
 その僅かな光の中にも、輪郭はぼやけさせずに立っている彼に改めて目線を送った。少し癖っ毛の金髪が、毛先を跳ねさせて、それがきらきら光っている。もっと強い光に晒せば、さぞかし美しいことだろう。
 この人は夜のものではなく、彼を愛する昼と、人間のものなのだ。
 ぼんやりと当たり前の不文律をわざわざ言葉にして胸の中に浮かべると、何かの感情が沸く。
 それは久しく感じていなかった種類のもので、長い時間の中とうに忘れているのか、合致する名前を思い出すことができない。

 「じゃあお前の話を聞かせてくれよ」

 つやつやの金髪に見とれていた隙に、また神父に先制攻撃を許してしまった。寝転んだまま注ぎ込まれる微笑の光と、急な質問に咽かける。

 「話って、僕の?何の?」
 余りの突拍子のなさに、腹に力も入らず情けなく声を上げてしまう。十字架に磔にされた神の子も、木彫りの瞳でその様子を見下していた。
 雲雀は回答の糸口も掴めずあたふたと焦り、胸元の小鳥に助けを求めるが、香の匂いにやられているのか、羽を隠し丸まって眠っていた。
 圧倒的な力を肉体に篭らせ、人間よりも遥かに頑丈にできているはずの吸血鬼が、身の上話一つで慌てるなんて、雲雀も想像もしなかった。
 「どうしてこんな可愛い吸血鬼になってしまったのか」
 おそらく、幼い少年の姿のまま時を止めてしまったことを揶揄しているのだろう。神父の癖に、言葉が芝居がかっているのは彼の難点の一つだと雲雀は密かに思う。
 むず痒い言い回しに、軽く眉を寄せながら切り捨てるように答える。耳に掛かる黒髪を掻き揚げると、あの時牙を立てられたことをうっすら思い返すこととなった。
 「わすれてしまった。僕をこんな風にした変態のことなんてさ」
 「変態って」
 「そうだろ?血の甘い処女でもなく、こんな男の血を吸うなんてさ」
 吸血鬼の増殖は吸血鬼によってしか行われない。雲雀もその例に漏れず、吸血鬼に血を吸われ、吸血鬼となった。
 血を吸われることは一般的に痛苦より、快感のほうが勝るらしい、と聞いたことがある。このこともあって捕食対象とされた人間は簡単に血を吸血鬼に戴かれてしまう。
 だが、初めて血を吸われた雲雀はそのときひどく幼かったせいか、それとも言葉を弄して雲雀を誘い覆いかぶさってきた吸血鬼の姿に不快感を覚えてしまったせいだろうか。
 その後に偶然伸ばされた救いによって、知性のないグールになる事自体は何とか逃れられ一般的な吸血鬼の範疇には落ち着くことができた。
 しかし、もう一つの人生の幕開けは幸福に満ちたものだとは言いがたかった。
 もう記憶も埋もれさせて来た、『人間』であったころの心地や感情を、掘り起こそうと試みても、出てくるのは濃紺の布がかかった夜の記憶ばかり、そう、吸血鬼として生き始めてから記憶ばかりだ。

 幼くして生と死の岐路を迎えた事も大きいだろうが、雲雀が人間の生きる昼の世界に執着や興味が薄く、自らの生きる夜の世界と動物や 木々にばかり楽しみを追い求め、そうして長い時間を生きてきた。

 「僕はね、後悔なんかないんだよ。太陽が見れなくても、夜には馬よりも早く走ることができるし、梟よりも目が利く。翼もなく空だって飛べて、簡単に死なない」
 要素を並べ立てるだけでも、優れた生き物としての吸血鬼の側面を表すこととなる。
 あらゆる意味において、吸血鬼は人間と違っていてその違いは優劣にも考えられることから、彼らの誇りでもあった。
 雲雀もその例に外れることなく自らをより強い生き物として認識していて、迷いも後悔も全てを有していない。

 「でも、死んでいるのか」
 雲雀が誇らしく吸血鬼の素晴らしさを語っている途中に、急に重く言葉を響かせた。ろうそくの煙のせいで煤けた天井が、二人の声を反響させて雲雀の耳に届ける。
 ディーノが何故突然その重苦しさを孕んだのか、雲雀は理解が出来ない。ただ、今まで笑っていた人間が突然表情を曇らせたことに、喪失の気持ちが膨らんでいった。
 「僕は死んでない」
 それでもこの沈痛を打開する言葉が思いつかず、彼の手を半ば無理やり取って、シャツ一枚だけの左胸に触れさせた。
 「鼓動だって聞こえるよ」
 自分は死んでない、形が違うだけで生きているのだ。
 そう見せつけ彼の笑みを再び取り戻そうと試みようとする。ディーノは突然の雲雀の行動を僅かな驚きを持って眺めていたが、やがてその意思が分かると、再び笑んで見せた。
 「本当だ」
 雲雀の左胸に当てられた掌を、ゆっくりと広げて皮膚を通じた鼓動を確かめる。
 「生きてる」
 ほほえみの間に、そんな呟きを混ぜ込んでくる。暖かく、そして大きな手のひらは、あの夜初めて触れたときより、素肌であるせいか強く温度が伝わってきたような気がした。

 この一瞬だけで、微笑みも、手のひらも好きになってしまう。
 やがて離れていくその掌に初めての名残惜しさを覚えて、呼吸を少し乱れさせた。自分から行った接触であるのに、もたらした結果を飲み込めず心中で一人もがく。
 「ここは香の匂いが濃くて、息苦しいよ」
 「そりゃ、礼拝堂だからな」

 うまくいかない呼吸に、適当な理由をつけて誤魔化した。彼にこんな様子をこれ以上眺められるのがいやで、マントの襟を使い僅かに赤くなった頬を隠す。
 「あなたの話は嫌いだけど、あなたの声は好きだ」
 「それは光栄だな」
 ディーノはわざとらしさもなく、素直にその言葉を喜びとともに受け取って笑みを深める。
 本当は、目も、金色に透ける髪も好き。夜の生き物である自分を見据えてくれる力強さも、内面であろうと外面であろうと、ディーノを形作る全てが、雲雀の心を疼かせる。
 帰る、と拗ねたまま言い放った雲雀を、神父は叱責もせずに優しく肩を握って、扉までエスコートを行った。
 大きい樫の扉を開けると二人の身体に今夜の夜風が当たって、ディーノのスータンと雲雀のマントの裾をはためかせる。