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西園寺あやの
西園寺あやの
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お兄さまとクリスマス

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「忘れ物はないな。……ああ、その鍋は我輩が持つのである」
ガレージへ車を止め、スイスは先に車外へと出た。荷物とコートに埋もれるように小さくなっているリヒテンシュタインは、大人しく兄の助けを待っているようだった。
車の外側を回り込むと扉をあけ、スイスは腰を屈め、上半身を車の後部座席へと突っ込み、大きなキルティングバッグを持ち上げた。
すると膝の上の重みが消えるのを感じ、リヒテンシュタインは軽く脚を動かしてみる。
「ありがとうございます。少し作りすぎたかもしれません。なんだか脚がしびれました」
「なに? 大丈夫であるか。少し休んでいくか?」
「いえ、それほどでも。……もう大丈夫そうです。降ります」
しびれが歩行に影響を与えない程度であると確認すると、スイスに片手を預け、リヒテンシュタインは車から降り立った。
世界的な寒波が訪れた今年は、この土地もかなり荒れ気味の天気になった。数日は軽く吹雪き、山沿いの空気は氷のように冷たくなり、銀世界の上に薄氷で飾り付けをして回るような、人にとってはあまりありがたくない状態が続いた。
今年は山小屋は無理かもしれん、と。仏頂面でスイスが呟いていたのは数日前のこと。それを聞いたリヒテンシュタインも残念に思ったが、兄の落ち込みと苛立ちはかなり激しいもので、自分のことはさておき、スイスを慰めるために懸命になったものだった。
だが雪はやみ、積雪は残ったものの、山小屋行きが敢行できる程度には天候は落ち着いた。
スイスは穏やかな表情に戻り、リヒテンシュタインは一層はりきって料理の計画をたて、二人して楽しくクリスマスの買い出しを行い、ようやく今日に至ったというわけだ。
山小屋とはいえ本格的な登山用のそれではなく、別荘的な扱いをしている「山の麓のにある小さな小屋」というのが正しいような代物だった。
夏の数日と、クリスマス。多くても年に二度。特にクリスマスは、余程のことがなければ兄と二人、小さな小屋で過ごす。
そもそもこの小屋自体が兄から妹への、クリスマスに寄せた贈り物だった。
リヒテンシュタインがスイスの元へ身を寄せ、どのくらいたった頃だったのだろう。
その当時、長く続いた戦乱の時代が終わり、人々も自分たちもある程度の豊かさを取り戻し、邸も少しづつ改装し、人の出入りも多くなった。使用人も増えた。
そのこと自体は問題ではなかった。オーストリアの元でも自分の邸でも、リヒテンシュタインの側には常に、誰かしら人はいた。
兄の生活もきっと似たようなものだったのだろう。そんな風にリヒテンシュタインは回想する。
だが、自分が兄と出逢った頃、兄は一人きりで暮らしていた。着の身着のままで拾われた自分と、兄と、二人だけの小さな暮らしが始まったのだ。
邸も空き部屋だらけで荒れ気味であり、限られた部屋しか使わなかった。それはもろもろの節約のためで、今よりも不便で、不安で、先の見通せない焦燥に二人して立ち向かっていた。
「……リヒテン? どうしたのである」
車のロックを確認すると、スイスは振り向き、不思議そうな表情を見せた。その眼差しに、リヒテンシュタインは物思いから覚めたように目を瞬かせた。
「いいえ。……なにもありません。以前のことを思い出していました」
「そうであるか。……ここは静かだからな。そういうこともあるだろう。風もやんでよかったのである。せっかくの準備が台無しであるからな」
「いままでにも何度かこういうことはありましたのに、兄さまったらとてもご機嫌斜めで」
「それは、まあ……悪かったのである。だが、我々だけの問題ではない。予定が変われば皆の予定まで変えねばならん。休暇を楽しみにしている連中に、どう言い訳すればよいかが悩ましくて、な」
少しばかり唇をとがらせ訴えるスイスの様子に、リヒテンシュタインは思わず顔をほころばせた。
「こちらへ来ることができなくても、皆にお休みをあげることはできるではありませんか。遠慮するようでしたら、私たちも水入らずで過ごしたいと説明すればよいと思います」
「いや、それは駄目である」
スイスは首を横に振った。理由を口には出さずとも、表情があからさまに『気恥ずかしいから』と物語っている。
「天候も回復したのだし、その話はもうよいであろう。身体が冷える前に行くぞ」
顎をしゃくるようにしてスイスは移動を促す。
リヒテンシュタインは素直に従いガレージから出た。
そしてスイスが出てくるのを待って、小さなリモコンのボタンを押し、シャッターを閉める操作をする。
それからリモコンをコートのポケットにしまいこみ、片手にさげたバスケットを持ち直し、白い息を吐きながらスイスの側へと駆け寄る。
スイスの両手は荷物でいっぱいの状態だった。こういう時の約束事を守り、リヒテンシュタインは手を伸ばして兄のコートをそっと掴む。
手袋ごしの、冷えた布地の感触が指先を揺るがせる。リヒテンシュタインは下を向き、滑らぬように気をつけて足を踏み出す。
ゆっくり歩きながら、また昔のことを思い出す。



控えめにではあるが、一人できちんと歩けるのだと主張した時もあった。余計な迷惑はかけたくなかった。兄に出逢うまでは、実際ひとりで歩いてきたのだ。
試しに一度、人通りの多い街中で手をはなして歩いてみた。
その時の兄は、ひどく不安げな表情をしていた。きちんと後ろをついていっているにもかかわらず、ひっきりなしに振り返り、何度も何度も確認をするのだ。
あまりの様子に、とんでもなく申し訳ないことをしている気持ちになり、自分から『やはり手をつないでくださいまし』と願い出た。
その時の、安堵と歓びが入り交じった表情が忘れられない。自分が兄を歓ばせたり哀しませたりできるのだと知った瞬間だった。
兄に手をつないでもらっているのだと思っていた。
そうではなく、こうすることでお互いにつながっていられるのだとわかった。
手をはなして不安になるのは、もしかすると先に歩く兄の方かもしれない。後ろをついていく自分には、兄の背がはっきりと見える。
だが、先をゆく兄には自分の姿は見えないのだ。
そう気づいた時、自分が寄り添うことで兄が安堵することもあると自覚した。
それから先、手をつなぐことを拒否したことはない。手が塞がる時は、服を掴んだり身を寄せたりして、必ずどこかが触れるようにしている。



急にお腹がきゅるきゅると鳴った。その感触で、物思いから覚める。
恥ずかしさに頬が熱くなる心地がしたが、幸いなことに、風にざわつく空気の音が邪魔をして、兄に届くほどの音はしなかった。
空腹を感じて、急に背筋が震えた。
寒空の下でお腹が減ると、とても心細くなる。意識はしなくとも、身体が覚えてしまっているのだ。どうしても恐ろしくなる。
ひとりで寒空に震えていた頃。お腹がすきすぎて意識が遠のき、緩慢に奈落の底へと吸い込まれていく感覚。
あの頃があるから、いまの自分たちが存在する。そう考えると、多くの辛い想い出ですら必要なことであったと思える。
静かな寒い冬の夜は、寂しい気持ちを思い出す。