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【 「 MW 」 】

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いつの日か



          1

 電話が鳴っている。
 それに賀来が気付いたのは、馴染みの信徒を見送って教会に戻った時だった。
 ジリリリン、というこの電話の音を聞くと、大抵の信者は「まだ黒電話を使っていらっしゃるんですか?」と驚く。携帯電話も持てない賀来はいつも控えめに微笑んで、その話題を遠ざけた。
 急いで二階に上がり、部屋の中にある黒電話の受話器を手に取る。
「はい、山の手教会です」
 名乗りもせずにその男はいきなり切り出した。
『近くまで来てるんだ。出てこいよ』
「結城……?」
 驚きのあまり返答する間もなく、電話が切れる。
「またか……」
 賀来はため息を漏らしながら受話器を置いた。
 十六年前の地獄をともに乗り越えた結城美智雄はいつもいきなり電話を掛けてきては、こちらの都合も聞かずに出てこいと言う。
 確かに、常に教会にいていつやってくるとも知れない信徒を待つ身であり、突然の誘いであっても大半は応じることが出来る。とはいえ、こちらの都合を考えてもらえないのは辛かった。
 だが心のどこかでこの電話を待っていたような気がする。
 前に顔を合わせてからもう一ヶ月近くが経っていた。
「……行かないと」
 のし掛かる考えを振り払って、賀来は部屋の中を見回した。出掛けるなら着替えるべきだろう。胸元のボタンに手を掛けて、ふと、思い出した。今日は何曜日だ? もしかして吉田さんが来る日じゃないか……?
 急ぎ足で二階から降りる。思った通り、そこには併設している養護施設の美香が居て、賀来を見るなり花のような笑顔で微笑んだ。
「もうそろそろ吉田さんが来るんですよね?」
「……あぁ、そうだね」
 吉田さんとは隣の養護施設の子供を養子にしようと考えている夫婦だった。賀来に誰を引き取るのがいいかと相談したり、美香から子供たちの様子を聞くことを楽しみにしていた。
 賀来はしばし少女の顔を見つめ、下まで階段を下りきる。
 すまない、と困り切った声で告げた。
「実は急用が出来たんだ。吉田さんに謝っておいてもらえないかな」
「え? それは、いい、ですけど……」
 目をまたたかせた美香はあからさまに戸惑って、言葉に詰まる。賀来は瞬間考え、本当のことを告げることにした。美香も結城のことを知っている。
「実は結城から電話があったんだ」
 突然出てきた名前に美香はびっくりした。
「結城さんから!? なんだ、そうだったんですか。また一緒に遊びたいなぁ。相変わらずお忙しいんでしょうね、結城さんは!」
 彼女は結城が仕事で忙しいから、あまり教会に来なくなったのだと思っているらしかった。賀来は静かに微笑んで「伝えておくよ」と答える。それから時計を見て、急ぎ足で礼拝堂の中を横切った。
「吉田さんによろしく伝えておいてもらえるかい」
「はい、わかりました」
 素直に返ってくる言葉に胸がかすかに痛んだ。何も嘘は言っていないし、騙そうともしていない。だが賀来はなぜか申し訳なくてたまらなかった。

          2

 教会を出た賀来は、近くの道をゆっくりと歩いていた。遠くに米軍の基地が見え、海の上に巨大な空母が浮かんでいる。着実に歩く賀来の上を戦闘機が轟音を立てて過ぎ去っていく。
 穏やかな日なのに、賀来の気持ちはひたすら暗かった。
 今日は何を聞かされるのだろう?
 二年前のあの日から、結城が口にするのは恐ろしい復讐のことばかりだ。
 歩いて二分も経たないうちにすぐ横へ大きな黒い車が滑り込む。賀来が驚いて顔を上げると、運転席にこちらを見る結城の姿があった。無造作にあごをしゃくられ、歩道から降りて車の助手席に乗り込む。
「久しぶりだな、結城。今日は休みなのか?」
 賀来の言葉に結城はちらっと横を見ただけで、何も言わなかった。
 その冴えた横顔にはなんの表情もない。
 手振りで促されて、賀来はシートベルトを着けた。
 こうした結城の急な呼び出しは一月に一度ほど、あった。大抵は結城の部屋へ連れて行かれて、彼が練り上げている復讐の計画を聞かされる。そして聞かされる度に、賀来の祈る時間は増えていった。
 だが断ることなど、考えられなかった。
 考えたこともない。
「腹、空いてるか」
 いきなり結城が切り出したのは、車に乗って三十分ほど経った時だった。ぼんやりと外を見ていた賀来は思わず運転席を振り返る。いや、と答えようとして、今日は昼食を食べていないことに気がついた。
 養護施設で子供たちの面倒を見て、信徒の相談に乗った。
 それだけで午前中が潰れてしまった。
 答えをためらった賀来をまた横目で眺めて、結城はポケットから薄い携帯電話を取りだした。どこかへ電話を掛けて短いやりとりを交わす。賀来は返事をする間を失い、また流れていく光景を眺めやった。
 いつの頃からか、賀来は結城に話すことが無くなった。
 再会した直後はほんのささいなことも話していた気がする。
 養護施設の子供のこと、神学校の同期のこと、その日のささいなことを。
 だが今は何もない。
 いつの頃からか、結城が答えなくなったからだ。
 賀来は静かに目を閉じる。
 ――十六年前。
 あの地獄を生き延び、その後、賀来と結城は聖ペトロ学園でともに学んだ。
 その頃はまだ、結城が何を考えているのか、言葉を交わさずとも賀来にはわかったし、それは結城も同じようだった。
 あの様な悲惨な体験をしたのはこの世界に互いだけだった。
 そのことがふたりを強く結びつけていた。
 学園の高校を卒業後、賀来は聖職の道を選び、結城はカトリックを棄教、奨学金をもらって大学へ進み、銀行に就職した。ある出来事のために連絡は途切れていたが、だがまだあの頃は、良かったのかも知れないと賀来は思う。
 結城が違う顔を見せるようになったのはあの日だ。
 教会で発作を起こしたあの日からだった。



「これを着けろ」
 このマンションの部屋が本当に結城の持ち物なのかはわからない。だが部屋の前で、いつも賀来は薄い手袋を手渡される。黙って着けると、結城が先に大きな紙袋を下げて中に入った。後ろに続くと驚くほど広いリビングに出る。
 もう結城はどこに座れとも、何をしろとも言わない。
 賀来はいつもと同じソファに腰を降ろした。
「今日は休みだ。お前には休みなんてないだろうが」
 それが車に乗り込んだ時の問い掛けへの返事だと気がつくのに、少し掛かった。思わず振り返ると、結城の細い後ろ姿はキッチンにあった。何かを取り出してゆっくりと歩み寄ってくる。
 驚いている賀来を見て、結城は不審そうに眉をしかめた。
「なんだ?」
「あ、あぁ。……確かに休みはあるようでないよ。子供たちがいるし」
「そうだろうな。これを食べろ」
 その言葉とともにローテーブルに乗せられたのは、先ほど、結城が持っていた紙袋だった。来る途中にどこかに寄って手に入れた物だ。続いて皿とフォークを差し出されて受け取ると、結城はまた無言できびすを返し、寝室の方に向かった。
 賀来はそっと紙袋を覗き込む。
 中にはパックに詰められたサラダやローストビーフ、ハンバーグなどの総菜が入れられていた。ふんわりと漂ってくるいい匂いに空腹が騒ぎ出す。
作品名:【 「 MW 」 】 作家名:池浦.a.w