二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

【 「 MW 」 】

INDEX|22ページ/23ページ|

次のページ前のページ
 

 掠れた声が促すが、結城を抱いていてはドアに手が届かなかった。賀来は靴先で蹴るようにしてスライドドアを閉め切る。ほっとする間もなく結城がのし掛かってきて、座席に押しつけられた。
 結城がうめきながら両手で頭を抱えていた。
 額に汗が浮かび、流れ落ちる。
 賀来は引きつっているのどを急いで撫でた。
「結城、ちゃんと息をしろ、息をするんだ。お前は息が出来る」
「ぃ、……っ が、ら――」
「俺はここにいる。ここにいるから」
「……賀来」
 ひどく苦しい発作の最中なのに、低い、小さな声がぽつりと名を呼んで、賀来は泣きそうになった。
 結城の時間は、もはや尽きつつあった。
 発作も頻繁になって夜など朝まで眠ることも出来ない。
「結城、……俺はここにいる」
 名前を呼んで囁きながら、心から愛することです、と言った神父の言葉が蘇るのは、こういう時だった。
 だが十二歳の時から神学生として生きてきた賀来は神の慈愛しか知らない。
 時に、結城を想うこの狂おしい想いが愛なのかと思うこともあったが、名付けられるはずもなかった。
「結城、飲んでくれ。薬だ……」
 賀来はいつも持ち歩いている鎮痛剤を主とする数種類の薬を結城に飲ませて、ハンカチで流れ落ちる汗を拭った。その間、結城は苦しげにうめきながら、合間に、賀来の名前を呼んだ。
「……俺はここにいるよ」
 何度、同じ言葉を向けたかわからなくなった頃、結城の身体から力が抜けた。賀来は力ない身体をなるべく楽な姿勢にしてやり、目にたまった涙を拭って、座席の傍らに座り込む。
 彼の苦しみを見ているしかない自分が、ひどく歯がゆかった。
「……すまない、結城」
 結城の命はあとどれくらい保つのか。
 もう彼が目覚めないかも知れないという恐怖と戦いながら、賀来は震える息を吐いて何気なく足もとを見た。いつの間にかハンカチを落としている。もう使えない。
 ため息を漏らし、身を起こした賀来は助手席にあるタオルの入った鞄を取ろうとして、いきなり腕を強く引っ張られ、前部座席に身体をぶつけた。驚きながら振り返り、愕然とする。
「結城……」
 意識を失ったはずの結城が腕を掴んでいた。
 凄まじい目で賀来を睨んでいる。
「……どこへ、行く」
 タオルを取ろうとしたんだ、と言おうとして、賀来は口を噤んだ。結城にはどうでもいいことだ。
 座席の傍らに膝を落とすと、賀来はまだ手首を握り締めている手をつかみ、そっと撫でた。
「悪い。どこへも行かないよ」
「……俺を、裏切る、な」
「あぁ、俺はお前を裏切らない。……ここにいる」
 苦しげに息をした結城は胸の辺りを押さえ、うめく。賀来はその押さえる手に自分の指を絡めて結城の鼓動を探った。激しい心臓の震えに奥歯を噛みしめ、優しく囁いた。
「お前が死ぬ時は、俺も一緒に殺してくれ」
「……賀来」
「一緒に死のう。……俺はお前が居てくれれば、それでいいんだ」
「あぁ……」
 お前を殺してやるよ、と結城は痛みに顔をしかめながらつぶやいて、いつかのようにほんのかすかに笑った。賀来はそれに笑みを返し、苦しみと悲しみ、だがその一方で込み上がってくる切ない安堵に、震える息を飲み込んだ。
 賀来は神父として結城の魂を救うことが出来なかった。
 だが、一緒に地獄を生き延びた賀来裕太郎として結城と向き合い、彼の傍らに寄り添うようになって、結城の魂が救われているのではないかと思う瞬間が確かにあった。
 長い昏睡から目覚めた賀来が動けるようになるまでの間、または寝物語やふとした毎日の中で、結城は賀来の知らない大学時代や銀行に勤めていた時のことを、話すようになっていた。
 こんなことがあったという事実のみだが、以前の結城からは考えられないことだ。
 しかも話をする時の結城は、大抵はいつもの無表情ではあったが、時に落ち着いた穏やかさを見せてくれた。
 その結城の姿に接する時、賀来はもしかしたら自分の祈りは神に届いていたのではないかと、心震わせた。
 確かに結城の命は残り少ない。
 だが、ただ復讐に取り憑かれたまま、死んでいくのではない。
 実際に、あれほど欲しがっていたMWを結城は傍らに置いていたが、今のところは使う素振りを見せていなかった。
 賀来が知っているだけでも三回は買い手からの接触があった。
 だが結城はどんな条件にも、うなずかなかった。
 時折、鞄から取り出して容器を眺めてはいるが、それだけだ。
 使わないで欲しいと言うことも出来ただろう。
 だが賀来は結城にすべてを委ねた。
 もしも結城の魂が救われているのならば、彼はMWを使わないだろうと、密かに思いながら。
「……結城」
 いつの間にか結城は気を失っていた。
 賀来は優しく彼の名前を呼びながら、結城の向けてくる執着ももしかしたら愛と名付けられる想いなのかも知れないと、ふと思い当たった。
 互いに言葉は知っていても、どのような想いなのか、わからなかったのだろうか。
 さすがに声に出して告げられず、一瞬ためらってから心の中でそっとアイシテイルと囁き、賀来は穏やかに微笑んだ。
「なあ、結城。この世界にはきっと、俺たちには考えられないような素晴らしい事がたくさん、あるんだろうな。残念だけど俺たちはそれを知ることが出来なかった。知ることが出来なかったけど、結城、俺はお前と生きられて、……よかったよ」
 賀来は両手に結城のあたたかな手を包み込んで、少しだけ腰を上げ、ともすれば眠っているように見える結城の額とまぶたに軽い口づけを落とした。
「あの時、助けてくれて、……本当にありがとう」
 心の底から感謝を告げて、結城の手に顔を寄せ、賀来は静かに頭を垂れる。
 まるで祈るように。


作品名:【 「 MW 」 】 作家名:池浦.a.w