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【 「 MW 」 】

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 それからずいぶん長いこと、賀来はひざまずいて、神に祈った。祈るしか出来なかった。
 煌々と差し込んでいた日差しが陰り、やがてやってきた暗闇の中で、賀来は震えながらある真実に思い当たった。何があろうとも神に縋りつかねばならないことに。
 ――もし俺が神を捨ててしまったら、一体誰が、彼を救えるのだろう?
 あの魂を。
 地獄を見せられたために狂いつつある彼を……。
 体調の不慮もあって、礼拝堂で気を失った賀来を見つけたのは結城だったらしい。賀来が医務室で目を覚ました時にはもう、彼は学園を出て行った後だった。伝言も何もなかった。ただ彼の使っていた聖書とロザリオが、賀来の部屋に置かれていた。
 その夜を境に、しばらく結城は賀来の前から姿を消した。
 大学を優秀な成績で卒業したと聞いた。
 賀来も二年飛び級して、二十歳で神学校へ入った。
 あの夜とどうにか折り合いをつけながら、賀来はそこで六年を過ごした。正式には聖職者となっていなかったのだから許される過ちではあった。しかし相手が魂の片割れとも言うべき結城だったことが賀来を苦しめ、いつまでも忘れさせなかった。
 結城が再び姿を見せたのは、賀来が今の教会に助祭として赴任した、一週間後。
 顔を合わせたのは懺悔室だった。

         5

 十字架を握り締め、捨てないと告げながら静かに結城を見上げると、彼は右目を眇めたが、いつかのように殴ることはしなかった。ふいっと顔を逸らして背中を見せながらグラスの酒を煽る。ぶっきらぼうに吐き捨てた。
「先にシャワーを使え」
「結城」
 背中がすべてを拒絶していた。賀来は立ち上がったが追うことも出来ず、立ち尽くす。今は何を言っても無駄なようだった。
 結城がはぐらかしたり皮肉で応じてくる時はともかく、一度約束したことは破らない。山下の小さな子供は巻き込まれないだろう。賀来はしかし一向に軽くならない罪悪感に重苦しいため息を漏らし、言われた通り、シャワーを浴びることにした。
 手袋を着けていないので、出来る限りものに触らないよう気をつけながら、ものの十分で上がった。黒い神父服のズボンを手にとって、傍らのカゴに置かれている着替えに気付く。スポーツTシャツとスウェットパンツ、下着だった。
 今日は泊まるしかなさそうだ。
 賀来はどこかで持っていた一縷の望みを手放して、用意された服をまとった。着ていた服を丁寧に畳んで抱えて出る。
 養護施設の子供はよくうなされることがある。その度に彼らをなだめたり、尽きぬ悩みを抱えた信徒のことを考えない夜は、久しぶりだった。肩に掛けたタオルで髪を拭いながら結城を探す。
「ベッドを貸してやるから、もう寝ろ。明日は早い」
 背後から現れた結城が素っ気なく促す。
 賀来は振り返って、その端正な顔を見つめた。
「ありがとう」
「……いきなりなんだ?」
「夕飯とシャワー、泊めてもらうことへの礼だ。ありがとう」
「おめでたいヤツだな」
 いきなり伸びてきた手がシャツの襟ぐりを掴んだ。
 冷ややかな目が見下ろしてくる。
 賀来は怯まずに、静かに結城を見上げた。
 二年前に再会したのち、結城が教会で倒れて以来、彼は時折、賀来を求めてきた。卒業式の夜とはもう立場が違う。正式に聖職者に列せられているのだと懇願したが、あの時と同じように、逃げられなかった。
 最初の時こそ、また神を裏切ってしまった事実に打ちのめされたが、結城には自分が必要なのかも知れないと思うと、賀来は抵抗も出来なくなった。――医者から結城の身体が死につつあると知らされたこともあって、それ以来、ずるずると関係は続いている。
 結城の命はもう長くはない。
 発作の回数も増えている。
 こうやって顔を合わせていられるのはいつまでなのだろう……?
「なんだ、珍しいな、逃げないのか」
「……結城」
「神父さんも欲求不満か?」
 どこか強がるようにからかってくる結城の頬に、賀来はそっと、触れた。
 結城は発作の回数が増えてから内に秘めた狂気を加速させつつあった。MWの存在を知ってから恐ろしい復讐を企むようになった。彼には人の命などなんの意味もなさない。だがそれでも、こうして自分を求めてくる。
 その事実をどう受け止めていいのかわからない。
 少しは自分を想ってくれているのだろうか?
 こうして会うのは、あの地獄をともに生き延びた以上の意味があるのだろうか?
 問い掛けることの出来ない想いを込めて、賀来は結城の頬を撫でた。
「お願いだから無理をしないでくれ」
「――――」
「俺はお前が心配なんだ」
 心の底から告げると、結城はほんのわずかに眼差しを揺らす。頬に触れる賀来の腕をいきなり掴んだ。手首を軋むほどに強く握り締められて、賀来は思わず肩を揺らした。
「挑発してるのか? ……清く正しい神父さん」
「頼んでいるだけだ。顔色が良くない」
「……早く寝ろ」
 動揺しない賀来が面白くなかったのか、結城は手を放して乱暴に肩を突いた。賀来は立ち去る背中を見送りながら切なげに眉を寄せる。どうしたら彼を救えるのだろう? 彼のために出来ることはないのだろうか?
 いつの日か、彼を救える日は来るのだろうか……?
 寝る前に、ベッドにひざまずいて祈りを捧げる。
 その日の祈りはいつになく長かった。
 ようやく祈りを終えてベッドに入った時、風呂上がりらしい結城が部屋の中に入ってきた。腰にタオルを巻いて頭に被したタオルで髪を拭っている。賀来は明るい中ではじめて見る結城の姿に、顔を赤らめた。
「どうやら欲求不満なのは間違いないらしいな」
 にやっと笑って、結城は着替えを掴み、出て行く。
 賀来は急いで電気を消して枕に顔を埋めた。手に触れる十字架を握り締める。目を閉じても一向にやってこない眠気にかすかな恨みさえ感じた。すぐにそんな自分を戒めた時、結城がふらりと、寝室の入り口に現れた。
「寝たか、賀来」
 返事など出来なかった。
 動けないまま気配を探っていると、結城は使っていたタオルをどこかに投げて、賀来が寝ているのとは反対側の布団をめくった。ベッドがかすかに沈んだ後、不自然な静けさが満ちる。
「……起きてるんだろ?」
 確かめるような問い掛けに、それでも賀来は答えられなかった。
 白い影が揺れる。
 冷たい指先が額に触れて、一房の髪を払った。
「賀来」
 いつも呼ぶのとは違う、少しあたたかみのある声だった。
 賀来はベッドの中でシーツを握り締める。
 もう一度、同じ声で呼ばれたら答えてしまう気がした。
 それが怖い。
「……迷える子羊を導くお前が、酒の一口で寝ちまうくらい疲れてどうするんだ」
 ベッドが軋み、今度はすぐ横にあたたかな身体が滑り込んでくる。少し引き寄せられて、額に吐息が触れた。頬の辺りをくすぐるように冷たい指先がすべる。
「……賀来、お前はいつまで生きるんだろうな」
 うす暗い部屋の中でつぶやくように結城が独語する。
 賀来は寝たふりをしたままそれを聞いていた。
「ただ黙っている神になんか縋ったって、お前はあの地獄からは救われない。……こんなのは単なる首輪だろ」
 胸に提げた十字架が軽く引っ張られる。
作品名:【 「 MW 」 】 作家名:池浦.a.w