言葉の魔法
い、今、何ておっしゃいました?
セフィロスさんが、俺のことを?
「聞こえたか?」
「あ、あ、あの…」
「信用してないか?」
信用するも何も、今ここにいることさえも嘘みたいな気分でいるのに。
夢なのかな? 重傷で倒れてるわけだし、そうか夢…にしては、余りにも現実的過ぎるなぁ。
「まあ、いい。これで、クラウドは俺のものになったわけだな」
セフィロスさんは唇の端を少しだけ持ち上げた。
俺は心臓を掴まれたように胸が痛くなった。
満足そうな、優越感に浸っているような、仕留めた獲物を前にこれからどうしようかと楽しんでいる獣のような笑み。
「あ、あの、セフィロスさん…」
「安心しろ、今すぐどうこうするっていうわけじゃない」
いや、えっと、あの、俺が言いたいのはそういうことではなくて…。
「そうと決まれば、クラウドをあの部屋からこちらに移す手続きをとらねばな。あ、それから……」
セフィロスさんは独り言のようにぶつぶつと呟いて、椅子から立ち上がった。
「セ、セフィロスさん!」
「何だ? お前は何も気にせず、安静にしていればいい」
「いや、あの、でも、ここ、セフィロスさんのベッドなんですよね?」
「そうだが?」
ああっ、そこでどうして俺に聞き返してくるのかな。
「ですよね? 俺、ここで安静にしているわけには行かないと思うんですけど…」
「何故?」
「何故って、セフィロスさん、眠れないじゃないですか、俺がここで寝てたら」
「ああ、そんなこと気にするな」
気にしますってば! 一体、どうするつもりなんですか、セフィロスさんは!
「俺が寝る場所ぐらい、どうとでもなる。だから、クラウドは俺のことなど気にせず、安静にしてればいい」
「で、でも…」
「クラウド!」
セフィロスさんが俺の頬に触れてくる。セフィロスさんは俺と視線を合わせてきて、俺とセフィロスさんの間は、驚くほど狭い。
「クラウドは、俺の命令が聞けないと?」
「…い、いえ、そんなつもりじゃ…」
そんな至近距離で俺の顔見ないでくださいよ。マジで殺す気ですか!
「では、俺のことなど気にせず、おとなしくここで寝ていろ」
「……わかりました……」
「よし、じゃ、もう眠るといい」
そう言ってセフィロスさんの顔が俺に近づく。
「………!」
「よく眠れるような、魔法だ」
セフィロスさんはそう言って笑った。
俺はセフィロスさんに口付けられた額に触れた。額から指先を伝ってセフィロスさんの思いが伝わってくるような気がした。だけど、そのおかげで、俺は、余計に眠れなくなりそうなんですけど!
「…クラウドが俺を好きだと言ったのは……」
「…セフィロスさん?」
「いや…いい、気にするな」
あれ? 歯切れ悪いセフィロスさんって珍しい。何を気にしているんだろう。俺が好きって言ったのは、セフィロスさんが好きだからであって、他に何もないんだけど。
別にバニラの香りが好きだから、好きだと言ったわけではないんだけどな。もしかして、そう思ったりしてるのかな?
「セフィロスさん!」
俺は立ち去ろうとしていた、セフィロスさんの腕を掴んだ。
「…俺はセフィロスさんに出合ったときから魔法にかかってたんです!」
「…クラウド…?」
「それなのに、香りの魔法にかけられて、今はセフィロスさんの言葉の魔法にかかってます。もう、解けないですよ、この魔法……」
俺は魔法にかかっちゃった嬉しさをこめて、笑ってみた。
セフィロスさんは俺の顔を少しの間眺めていたが、ふっと、笑うと俺の頭を軽く撫でた。
「俺も今、さらに解けない魔法にかかったようだ」
「…さらに…?」
「クラウドは自分をよくわかってないようだから、気をつけろよ」
「…セフィロスさん?」
「クラウドは存在だけで人を魔法にかけられるってことだ」
セフィロスさんは笑いをひとつ残して俺の手を解くと、部屋から出て行ってしまった。
残された俺はよくわからないまま、セフィロスさんのベッドにもぐりこんだ。
俺の存在がどうとか言ってたけど、俺にそんな力があるんだったら、セフィロスさんだけにその魔法がかかればいいなぁ、と思う。
それで、セフィロスさんを虜にし続けることのできる魔法があればいいな。
言葉の魔法だけでは、そのうち、セフィロスさんにかかってる魔法が解けちゃうかも知れないから………。