BLACK SHEEP
最近、ちょっとばかり間が悪いなー程度の事は、思わなくもなかった。
何回目か数える事も飽きてきた空振りに終わった石探し、は置いておくにしろ。
地方を襲った豪雨のお陰でただでさえ少ない列車は止まり、その果ての村に無駄に足止めされるわ、ほうほうの体で辿り着いた東部では、戻ってきた早々街でちょっと一悶着etcetc。
主だったのはこんなものだったような気がするが、細かいのを上げればそりゃもうキリなく。
これはそんな事に四六時中巻き込まれている兄弟と東方司令部の面々の、後々語り継がれるかもしれない?数多いエピソードのうちの一つである。
日は傾き、その長く伸びた影の後を追うように、2人はいつになくダラダラとした足取りで通りを行く。
吹きすさぶ風は更に体感温度を下げ、身体が芯から冷えてくるようだった。だが、急ぐ気はしない。・・・というか、そんな気力すら減退気味だ。
凸凹のシルエットを落としながらの道行きはむすっと黙り込んだ兄のせいで更に重くなっている。横目(というより斜め下目)でそっと様子を窺いながら、アルフォンスは内心で吐息を一つ漏らした。
何だかここしばらくは巡りが悪い。頼みの図書館は休館中だわ、更に時期が何かまずかったのか、いつものどころかめぼしい宿は空いてないわ。おまけにおりからの雨で中央方面への路線が何処かで断線したらしいとの話まで。市内を手当たり次第に当たれば空きもあるのかもしれないが、そんな気力も萎えてしまった。
・・・いつもいつも行く先々で事件に巻き込まれる体質だとは不本意ながら自覚済みだが、今回はまた地味に巻き込まれている気がする。
2人でぐだぐだしていても状況の打開が望めなくなった所まできて、取り敢えず何らかの情報が入っている事をちょっとばかり期待して、毎度お馴染みの東方司令部に向かっているのだが…。
視線に気付いたのか、エドワードが顔を上げた。
「・・・なんだよ」
ぎゅ、と皺のよった眉がこの上なく不機嫌そうだ。とは思ったが口には出さない。
「何でもないよ」
取り敢えずそう返しておいて、さ、急ごう?と先を促す。
兄はイーストシティに着いた朝からきっちりすっぱり不機嫌のままだ。
…どうやら先月立ち寄った際、実質上の東部最高司令官と何やらやりあって、ものの見事にやり込められたらしいが、その記憶が後を引いているらしい。
さて今回は常に比べて戻ってくるまでの期間が短い。平穏に済めばいいんだけど、と叶った例のない詮無い事を考えて、彼は更に一つ息を落とした。
「・・・ってゆーかさ」
勝手知ったる司令部の中。顔パスで通された司令室を覗き込んだ途端、物凄い勢いで襲ってきたこれは何だろう。
脱力感か?そうだよな。そんなもんだよな?
「ほんっっとにこれでいいのか、こんなんで…」
唸る様に搾り出した兄の一言に、声に出さない分だけ控えめに賛同して、弟は首を傾げた。
「…お祭りでもするのかな」
「いくらなんでもんな訳ねーだろ…?」
声が聞こえた訳でもあるまいに、室内にいた長身の男がくるりと振り返る。
「よぉ、大将じゃねーか」
トレードマークのタバコを銜えた金髪の男が声を上げると、周りにいた連中からも次々と声がかけられる。
「珍しいな、こんな半端な時間に。報告か?」
「大佐なら視察だぜ」
「特に呼ばれてないから別に良いよ。足止め食らっただけ。オレ達昼に着いたとこだし」
「すいません、お仕事中に」
「かまわねぇよ、あと十分で定時だ」
「お前だけな」
「夜勤からぶっ続けで事後処理だぜ。早く一抜けしてぇっての」
同じく夜勤組だったのか、周りの軍人たち数人も縦に首を振っている。…相変わらず、のようだった。入ってこい、と手招きされる。ここの司令部では明け透けに向けられる好意に微妙にくすぐったいものを感じて、それを笑みで誤魔化すと、エドワードたちは少尉たちの一団の側に寄った。
「そういえば列車は大丈夫だった?」
「それそれ。中央に行こうとしたら途中で線路切れたって言われてさ」
「あーそれな。ファルマン、復旧にどのくらい掛かるって言ってたっけ」
「あの様子だと少なくともまだあと一週間くらいは無理でしょうな」
「一週間!?」
「そんなに掛かっちゃうんですか?」
「橋が落ちたんですよ」
「正しく言えば落とされた、な」
あー…、とハンパな声が漏れる。
「雨で、じゃねぇの?」
「奴さんたちも流石に雨は降らせらんねぇと思うけど」
軍部お得意、箝口令、の3文字が浮かぶ。
だからか。
イーストシティは交通の要所というか中継地でもあるため、人も物も集まりやすい。しかもその中で一番のメインの中央行きが断線したとなれば、自動的に人も物も集まってくるというわけで。…どうりで宿も埋まっていると思った。
「またテロなんですか?」
「たぶんな。声明はきてるし」
「3つほど」
「・・・何で複数?」
「威力誇示、悪戯、本物のどれかそれぞれ選定中だ」
「…面倒臭いなぁ…」
「まったくだ。大佐なんかもう目を通してもくれねぇし」
・・・あー、それは何か想像付く。
「書いてある事全部一緒だからじゃねぇの?」
「まぁそうなんだけど。それも仕事の一環だろ、みたいな、なぁ?」
「お前が言うとその辺上っ滑りでいけねぇな」
「うっせ!」
呑気なやり取りをする少尉2人を眺めながら、兄弟は口には出さずに同じ事を思った。
慣れって怖いなぁ。
テロなんて、下手すると即非常事態宣言とか出るはずなのに、何なのこの空気。
ああ、ホントに東方司令部に戻って来ちゃったんだなぁ、と感慨深くなる瞬間だった。かくいう兄弟もある種慣らされているお陰で、それが良いのか悪いのかは別として。
内戦終結から何年も経っているとはいえ、まだこの紛争のはじまりの地、東部では色々な思惑が入り乱れ、反軍部を掲げる一団(その大半が武力に任せる系のテロリスト、という面倒くさい一団だ)も数多い。
四大地方司令部のあるイーストシティではまだしも、一歩離れれば何処でテロが起きてもおかしくない状況だ。
しかもそのイーストシティにしても、ある程度安定したのはここ数年の話で、以前は市街の被害もよく起こっていたらしい。それはそうだろう。普通テロは軍の主要施設や、市街や市民を狙って統治者に対するマイナスの感情を煽動する為にやるものだからだ。人の集まらない所ではテロをやる意味が薄れる。
しかし、ここ数年の徹底した抗戦と監視によって、市街地での騒ぎはほとんど起こらなくなった。もしくは向こうの視点で言えば、起こせなくなった。
となれば、今度は監視の目が届かない、だが破壊されれば色々と面倒な事になるものとして、最近は特に鉄道が狙われる事件が頻発している。
小規模な断線程度なら、2、3ヶ月に1回の割合でどこかでやられているんではなかろうか。
「そういやこないだも西で足止めされたな」
「エドワード君たちのように頻繁に移動していると、遭遇する回数も多くなるかも知れませんね」
「国中飛び回ってますもんね」
「でもピンポイントで当てられるとちょっとな〜…」
「今回は急ぎの用事はなかったから良いけどね」
「でも今回は結構問題になるハズなんだよな」
「何で?」
「えー…」
何回目か数える事も飽きてきた空振りに終わった石探し、は置いておくにしろ。
地方を襲った豪雨のお陰でただでさえ少ない列車は止まり、その果ての村に無駄に足止めされるわ、ほうほうの体で辿り着いた東部では、戻ってきた早々街でちょっと一悶着etcetc。
主だったのはこんなものだったような気がするが、細かいのを上げればそりゃもうキリなく。
これはそんな事に四六時中巻き込まれている兄弟と東方司令部の面々の、後々語り継がれるかもしれない?数多いエピソードのうちの一つである。
日は傾き、その長く伸びた影の後を追うように、2人はいつになくダラダラとした足取りで通りを行く。
吹きすさぶ風は更に体感温度を下げ、身体が芯から冷えてくるようだった。だが、急ぐ気はしない。・・・というか、そんな気力すら減退気味だ。
凸凹のシルエットを落としながらの道行きはむすっと黙り込んだ兄のせいで更に重くなっている。横目(というより斜め下目)でそっと様子を窺いながら、アルフォンスは内心で吐息を一つ漏らした。
何だかここしばらくは巡りが悪い。頼みの図書館は休館中だわ、更に時期が何かまずかったのか、いつものどころかめぼしい宿は空いてないわ。おまけにおりからの雨で中央方面への路線が何処かで断線したらしいとの話まで。市内を手当たり次第に当たれば空きもあるのかもしれないが、そんな気力も萎えてしまった。
・・・いつもいつも行く先々で事件に巻き込まれる体質だとは不本意ながら自覚済みだが、今回はまた地味に巻き込まれている気がする。
2人でぐだぐだしていても状況の打開が望めなくなった所まできて、取り敢えず何らかの情報が入っている事をちょっとばかり期待して、毎度お馴染みの東方司令部に向かっているのだが…。
視線に気付いたのか、エドワードが顔を上げた。
「・・・なんだよ」
ぎゅ、と皺のよった眉がこの上なく不機嫌そうだ。とは思ったが口には出さない。
「何でもないよ」
取り敢えずそう返しておいて、さ、急ごう?と先を促す。
兄はイーストシティに着いた朝からきっちりすっぱり不機嫌のままだ。
…どうやら先月立ち寄った際、実質上の東部最高司令官と何やらやりあって、ものの見事にやり込められたらしいが、その記憶が後を引いているらしい。
さて今回は常に比べて戻ってくるまでの期間が短い。平穏に済めばいいんだけど、と叶った例のない詮無い事を考えて、彼は更に一つ息を落とした。
「・・・ってゆーかさ」
勝手知ったる司令部の中。顔パスで通された司令室を覗き込んだ途端、物凄い勢いで襲ってきたこれは何だろう。
脱力感か?そうだよな。そんなもんだよな?
「ほんっっとにこれでいいのか、こんなんで…」
唸る様に搾り出した兄の一言に、声に出さない分だけ控えめに賛同して、弟は首を傾げた。
「…お祭りでもするのかな」
「いくらなんでもんな訳ねーだろ…?」
声が聞こえた訳でもあるまいに、室内にいた長身の男がくるりと振り返る。
「よぉ、大将じゃねーか」
トレードマークのタバコを銜えた金髪の男が声を上げると、周りにいた連中からも次々と声がかけられる。
「珍しいな、こんな半端な時間に。報告か?」
「大佐なら視察だぜ」
「特に呼ばれてないから別に良いよ。足止め食らっただけ。オレ達昼に着いたとこだし」
「すいません、お仕事中に」
「かまわねぇよ、あと十分で定時だ」
「お前だけな」
「夜勤からぶっ続けで事後処理だぜ。早く一抜けしてぇっての」
同じく夜勤組だったのか、周りの軍人たち数人も縦に首を振っている。…相変わらず、のようだった。入ってこい、と手招きされる。ここの司令部では明け透けに向けられる好意に微妙にくすぐったいものを感じて、それを笑みで誤魔化すと、エドワードたちは少尉たちの一団の側に寄った。
「そういえば列車は大丈夫だった?」
「それそれ。中央に行こうとしたら途中で線路切れたって言われてさ」
「あーそれな。ファルマン、復旧にどのくらい掛かるって言ってたっけ」
「あの様子だと少なくともまだあと一週間くらいは無理でしょうな」
「一週間!?」
「そんなに掛かっちゃうんですか?」
「橋が落ちたんですよ」
「正しく言えば落とされた、な」
あー…、とハンパな声が漏れる。
「雨で、じゃねぇの?」
「奴さんたちも流石に雨は降らせらんねぇと思うけど」
軍部お得意、箝口令、の3文字が浮かぶ。
だからか。
イーストシティは交通の要所というか中継地でもあるため、人も物も集まりやすい。しかもその中で一番のメインの中央行きが断線したとなれば、自動的に人も物も集まってくるというわけで。…どうりで宿も埋まっていると思った。
「またテロなんですか?」
「たぶんな。声明はきてるし」
「3つほど」
「・・・何で複数?」
「威力誇示、悪戯、本物のどれかそれぞれ選定中だ」
「…面倒臭いなぁ…」
「まったくだ。大佐なんかもう目を通してもくれねぇし」
・・・あー、それは何か想像付く。
「書いてある事全部一緒だからじゃねぇの?」
「まぁそうなんだけど。それも仕事の一環だろ、みたいな、なぁ?」
「お前が言うとその辺上っ滑りでいけねぇな」
「うっせ!」
呑気なやり取りをする少尉2人を眺めながら、兄弟は口には出さずに同じ事を思った。
慣れって怖いなぁ。
テロなんて、下手すると即非常事態宣言とか出るはずなのに、何なのこの空気。
ああ、ホントに東方司令部に戻って来ちゃったんだなぁ、と感慨深くなる瞬間だった。かくいう兄弟もある種慣らされているお陰で、それが良いのか悪いのかは別として。
内戦終結から何年も経っているとはいえ、まだこの紛争のはじまりの地、東部では色々な思惑が入り乱れ、反軍部を掲げる一団(その大半が武力に任せる系のテロリスト、という面倒くさい一団だ)も数多い。
四大地方司令部のあるイーストシティではまだしも、一歩離れれば何処でテロが起きてもおかしくない状況だ。
しかもそのイーストシティにしても、ある程度安定したのはここ数年の話で、以前は市街の被害もよく起こっていたらしい。それはそうだろう。普通テロは軍の主要施設や、市街や市民を狙って統治者に対するマイナスの感情を煽動する為にやるものだからだ。人の集まらない所ではテロをやる意味が薄れる。
しかし、ここ数年の徹底した抗戦と監視によって、市街地での騒ぎはほとんど起こらなくなった。もしくは向こうの視点で言えば、起こせなくなった。
となれば、今度は監視の目が届かない、だが破壊されれば色々と面倒な事になるものとして、最近は特に鉄道が狙われる事件が頻発している。
小規模な断線程度なら、2、3ヶ月に1回の割合でどこかでやられているんではなかろうか。
「そういやこないだも西で足止めされたな」
「エドワード君たちのように頻繁に移動していると、遭遇する回数も多くなるかも知れませんね」
「国中飛び回ってますもんね」
「でもピンポイントで当てられるとちょっとな〜…」
「今回は急ぎの用事はなかったから良いけどね」
「でも今回は結構問題になるハズなんだよな」
「何で?」
「えー…」
作品名:BLACK SHEEP 作家名:みとなんこ@紺