BLACK SHEEP
突然口が重くなったハボックは右見て(ブレダ確認)、左見て(ファルマン確認)、上見て(誰もいない)、最後にへらりとしまりのない笑みを浮かべた。
「その辺は後で是非オレらのボスの口からどうぞ」
「やだよ。ぜってー何か押し付けられる」
ごもっとも。
即返ってきた子供の嫌そうな一言に、そんなことねぇって、と笑い飛ばせないのがうちのボスの珠に(数多い)キズ。まぁ中には兄弟というか主に兄が自主的に首を突っ込んでしまうものもなきにしもあらずな上、何だかんだと訪れる度、大なり小なり巻き込まれていればいい加減学習もするというものだろう。
・・・でも。
たとえここで厄介事に巻き込まれたくないからカオ出さない、という君子危うきに何とやらな選択をしても、無駄な時は無駄なのだ。
だって、
「そんなつれない事を言わないでくれないか」
何せ東部最強の厄災には足があるので、嫌でも向こうから寄ってくるのだ。
ビク、とあからさまに跳ねた子供の肩に越しに見れば、扉からにこやかな笑みを浮かべる我らが上司が覗いていて。
残念。帰ってくるのが予定よりやたら早かったようです。
上司が帰ってきたということは、勿論後ろには副官の女史が控えていて。W鬼の居ぬ間に洗濯しようとしていた命を抱えて、司令室に屯っていた面々は何だかんだと態とらしい言い訳を唱えながら部屋から各自退散していった。
・・・で。
気が付いたら部屋に残っていたのは上司+副官+兄弟他のいつものメンツくらいで。
速い。
物凄く速い。
そうして無駄に軍人たちの行動力を見せつけられることになったが、後ろから久し振りだね、とか何とか上機嫌を装う不吉な声は、そんな周りの連中の引き際も慣れたもので気にもしていないらしい。
というか見えていないっぽい。
それが完全にあちら様の意識というか興味がこっちを向いている証明のような気がして、余計に振り返れなかった。
目を合わせてはいけない。聞こえないふり。オレは何も聞かなかったし見なかった。見なかった・・・よし!
「用事済んだし帰るぞ、アル!」
「兄さん・・・」
あからさますぎるよ、というか僕らがここに来た理由忘れてない?それに大佐上官なんでしょ?挨拶くらいしなよホントに。
みたいな事をすべて込めた声で、弟が相変わらず振り返ろうとはしない兄を胡乱な目で見下ろすのを、黒髪の上官は初登場時から崩しもしない完璧な人のよさげな笑みを浮かべたまま見ている。それが余計怖い。
それをハタで眺めていた司令部の面々は揃って内心で十字を切った。
すいません。あの人があんなカオで笑ってる時はろくな事が起こりません。
部下にそんな事を思われているとも知らないというかどうでも良いらしい男は、頑なに目を合わせようとしない子供を見下ろして、ふむ、と呟くと片手で薄い唇を撫でた。
「しかしこれはまた・・・」
「…何だよ」
「良いタイミングだな」
ゾワッ
思わせぶりに言葉を切るのに、恐る恐る仰ぎ見た事を心の底から後悔した。にっこり、と音が付いてるような錯覚すら覚えるほど完璧な笑みを向けられ、背筋に言いようのない何かが走る。エドワードが思わず反射的に逃げようと腰を浮かせかけたのと、男の傍らに立つ女性尉官が彼の代わりに短く呟くのが同時だった。
「確保」
「うひゃ!?」
がしっ、とさっきまでぐだぐだしていた筈の少尉ズに左右から腕を捕まれ、身体が浮く。
「ちょ・・・何すんだよ!?」
「すまねぇ、大将。間が悪かったと思って」
「ちょっとばかり諦めてくれ、色々と」
色々!?何を色々諦めろって!?
いまだ事態を把握出来ずに固まったままのエドワードは、とりあえず元凶であろう男の方を見遣った。相も変わらず胡散臭げな笑顔を向けられて、もう悪寒は最大MAX振り切れそうなトコまで来ている。
そんな内面を欠片も歯牙にかけずに、この東方司令部を実質預かる男は笑顔を崩さぬまま、言った。
「オシゴトだよ、鋼の」
作品名:BLACK SHEEP 作家名:みとなんこ@紺