極東基地の密かな攻防
「失礼します」
地球防衛軍極東基地の先鋭部隊・ウルトラ警備隊のキリヤマ隊長は、一礼してから参謀室に足を踏み入れた。
「何か急用とのことですが…」
そう言いながら、自分を呼んだ人物―――椅子に座っているウルトラ警備隊直属上司・マナベ参謀を見下ろすキリヤマ。その瞳は真っ直ぐで、これから話されると思っている重要任務か何かに、真剣に取り組む心意気が見て取れた。
彼のいつもと同じ態度に、マナベ参謀の心がゆれた。
気まずそうに顔をゆがめ、思わずマナベはキリヤマから視線をそらした。それを見て、キリヤマは怪訝そうに眉を潜める。若干身を乗り出しながら、慎重に口を開いた。
「何か重大な問題でも…?」
「あ…嫌、違うのだ!―――違う訳でもないのだが…」
「?」
どう切り出して良いものか迷っているマナベの答えに、キリヤマは疑問を深めるばかりだった。今日の参謀は、少しいつもと様子が違う。
「一体何があったんですか?話していただけませんか?」
「う…うむ…そうだな。その為に呼んだのだしな……」
マナベはキリヤマの台詞に、やっと決心をつけた。そう、話す為に―――私的な想いを打ち明ける為に、勤務中の彼を呼んだのだ。公私混同と言われようと言われまいと、これを伝えておかなければ、もう……
「キリヤマ!」
決意が萎えてしまわないよう、マナベは力強く彼の名を呼んだ。それに背をぴっと伸ばし、続きを待つキリヤマ。マナベは立ち上がり、真正面からキリヤマの瞳を見つめ、深々と息を吸い込み、
「私は…私は君を―――」
マナベの頬が朱色に染まった次の瞬間。
「参謀!お久し振りです!!」
緊張の為上ずったマナベの声を遮って、唐突に開いたドアから野太い大きな声が参謀室に乱入してきた。すっかり一大決心の告白を邪魔されたマナベは、タイミングを見計らったように現れたその男を思わず睨みつけた。
ドアを振り返り、いきなり現れた無作法者を視界に入れたキリヤマは、一瞬歓喜の表情を浮かべた。しかし、直ぐに顔を引き締めると、今度は冷静な瞳で彼を見つめる。
「一体いつ地球へ来たんだね……クラタ君…?」
ゆっくりと椅子に腰を下ろしながら、マナベは低い声でそう言った。今ここにキリヤマがいなければ、総動員させている自制の綱を手放し、思いつくまま怒鳴る事もできるのだが―――と、心の中で呟く。
宇宙ステーションV3のクラタ隊長は、不敵な笑顔を浮かべつつ、無作法な行動を詫びた。
「先程到着したばかりなんですがね、どうしても一番にマナベ参謀に会いたくて走ってきたんですよ。それでノックもしなかったばかりか大声になってしまって、いやはやまったく失礼しました」
だが、マナベはクラタの本心を見抜いていた。彼の瞳を見れば―――そして、彼とキリヤマの関係を知っていれば容易に解る事だ。
つまり、「キリヤマに手を出そうとしてるんじゃねぇ!」っと、わざわざ宇宙からマナベの告白を妨害しに来たのだ。一体どうやってそれを察知したのかは解らないが、相手は、あの、クラタ隊長だ。一瞬の油断もできない。
クラタが登場した事により、マナベの弱火だった決意が急激に燃え出した。彼に負ける訳にはいかないと強く思いながら、それを面に表さず、静かに机の上で両手を握った。
「君がこっちに来るという報告は受けていないが、何か事件でも発生したのかね?わざわざ隊長自らお出ましになるほどの事件が…」
マナベが軽くパンチをお見舞いすると、それをヒョイとかわしながらクラタもパンチを繰り出してくる。
「うっかり宇宙まで持って帰ってた借り物を返しに来たんですよ。参謀から直接渡された物なんで、俺から返すのが筋ってモンだと思いましてね?」
と、懐からチャリ…と音を立てて、鍵をひとつ取り出した。それはアイロス星人事件の時に、マナベがクラタに渡したウルトラホーク発進場の鍵だった。
「それは…」
マナベが慌てて立ち上がりかけた時、それまで黙って二人のやりとりを見ていたキリヤマが小さく呟いた。クラタに近付き、その手から鍵を取ると確かめるようにマジマジと見つめた。
「…間違いない…、発進場の鍵だ…。これを参謀がクラタに―――あの時、クラタがホーク1号で来た事を不思議に思っていたが……そうだったのか…」
得心がいったように小さく何回か頷くと、再び鍵をクラタの手に戻し、マナベに向き直った。その瞳に純粋な感謝と敬意が煌めき、マナベを眩しく照らした。
思わずその輝きに気圧されるマナベ。それを尻目に、不敵な微笑を浮かべたままクラタはマナベの机に近付き、その上に鍵を置いた。机から一歩下がり敬礼してみせる。
「マナベ参謀。ありがとうございました!」
「う…うむ…」
今はクラタよりキリヤマの瞳の輝きが気になるマナベは、クラタの笑顔の意味を考える余裕もなく、ただ鍵を受け取りそれを胸ポケットにしまった。
とにかく、マナベ参謀にとって現状は厳しかった。最強の敵と言っていいクラタ隊長は宇宙から無断で来るわ告白しようと思っていた相手からは尊敬の眼差しをむけられるわ、折角一大決心をして誰もいない時を見計らってキリヤマを呼んだというのに、このままでは全てが水の泡になってしまう。
まずはクラタを退室させなければならない!―――自分を見つめる敬意のこもった眼差しに居心地の悪さを感じながら、マナベはクラタに視線を向けた。
「確かに返してもらった。これで君の用事はすんだろう。ステーションV3も君がいなければ心もとない。今日中に宇宙に帰ったらどうだ?」
しかし、マナベの提案をある程度予想していたクラタは、軽く肩を上げ、
「そうしたいのは山々なんですがね、残念な事にそうもいかないんですよ。実は着陸した時、連絡ロケットの計器系統にちょっと故障が生じたみたいで、明日まで直りそうにないらしいんです」
苦笑するが、その様子はどう見ても残念がっているように見えない。それもその筈で、その「ちょっとした故障」はクラタがワザとおこしたものだ。勿論、少し部品を取り替えれば直る程度の故障で、帰ろうと思えば今日中に帰れるが―――勿論、クラタはそんなつもりなど毛頭ない。
クラタが今日中にV3に帰れそうもないと聞き、キリヤマはマナベに向けていた視線を彼に移した。
「それじゃ今日はこのままここにいるのか?」
「ああ―――あ、そうだ。お前今日は夜勤か?」
マナベの眉尻が上がるが、それに気付かず怪訝そうにクラタを見るキリヤマ。
「嫌、違うが何だ?」
「お前の部屋で休ませてもらおうと思ってな。久し振りに少し付き合え。学生時代は良くやっただろう」
と、酒を飲む仕草をしてみせるクラタ。キリヤマは軽く笑い声を漏らすと、挑戦的に瞳を輝かせた。
「酒は置いてないんだが、煙草ならあるぞ」
それを了承の意と取って、キリヤマの肩に手を置くクラタ。
地球防衛軍極東基地の先鋭部隊・ウルトラ警備隊のキリヤマ隊長は、一礼してから参謀室に足を踏み入れた。
「何か急用とのことですが…」
そう言いながら、自分を呼んだ人物―――椅子に座っているウルトラ警備隊直属上司・マナベ参謀を見下ろすキリヤマ。その瞳は真っ直ぐで、これから話されると思っている重要任務か何かに、真剣に取り組む心意気が見て取れた。
彼のいつもと同じ態度に、マナベ参謀の心がゆれた。
気まずそうに顔をゆがめ、思わずマナベはキリヤマから視線をそらした。それを見て、キリヤマは怪訝そうに眉を潜める。若干身を乗り出しながら、慎重に口を開いた。
「何か重大な問題でも…?」
「あ…嫌、違うのだ!―――違う訳でもないのだが…」
「?」
どう切り出して良いものか迷っているマナベの答えに、キリヤマは疑問を深めるばかりだった。今日の参謀は、少しいつもと様子が違う。
「一体何があったんですか?話していただけませんか?」
「う…うむ…そうだな。その為に呼んだのだしな……」
マナベはキリヤマの台詞に、やっと決心をつけた。そう、話す為に―――私的な想いを打ち明ける為に、勤務中の彼を呼んだのだ。公私混同と言われようと言われまいと、これを伝えておかなければ、もう……
「キリヤマ!」
決意が萎えてしまわないよう、マナベは力強く彼の名を呼んだ。それに背をぴっと伸ばし、続きを待つキリヤマ。マナベは立ち上がり、真正面からキリヤマの瞳を見つめ、深々と息を吸い込み、
「私は…私は君を―――」
マナベの頬が朱色に染まった次の瞬間。
「参謀!お久し振りです!!」
緊張の為上ずったマナベの声を遮って、唐突に開いたドアから野太い大きな声が参謀室に乱入してきた。すっかり一大決心の告白を邪魔されたマナベは、タイミングを見計らったように現れたその男を思わず睨みつけた。
ドアを振り返り、いきなり現れた無作法者を視界に入れたキリヤマは、一瞬歓喜の表情を浮かべた。しかし、直ぐに顔を引き締めると、今度は冷静な瞳で彼を見つめる。
「一体いつ地球へ来たんだね……クラタ君…?」
ゆっくりと椅子に腰を下ろしながら、マナベは低い声でそう言った。今ここにキリヤマがいなければ、総動員させている自制の綱を手放し、思いつくまま怒鳴る事もできるのだが―――と、心の中で呟く。
宇宙ステーションV3のクラタ隊長は、不敵な笑顔を浮かべつつ、無作法な行動を詫びた。
「先程到着したばかりなんですがね、どうしても一番にマナベ参謀に会いたくて走ってきたんですよ。それでノックもしなかったばかりか大声になってしまって、いやはやまったく失礼しました」
だが、マナベはクラタの本心を見抜いていた。彼の瞳を見れば―――そして、彼とキリヤマの関係を知っていれば容易に解る事だ。
つまり、「キリヤマに手を出そうとしてるんじゃねぇ!」っと、わざわざ宇宙からマナベの告白を妨害しに来たのだ。一体どうやってそれを察知したのかは解らないが、相手は、あの、クラタ隊長だ。一瞬の油断もできない。
クラタが登場した事により、マナベの弱火だった決意が急激に燃え出した。彼に負ける訳にはいかないと強く思いながら、それを面に表さず、静かに机の上で両手を握った。
「君がこっちに来るという報告は受けていないが、何か事件でも発生したのかね?わざわざ隊長自らお出ましになるほどの事件が…」
マナベが軽くパンチをお見舞いすると、それをヒョイとかわしながらクラタもパンチを繰り出してくる。
「うっかり宇宙まで持って帰ってた借り物を返しに来たんですよ。参謀から直接渡された物なんで、俺から返すのが筋ってモンだと思いましてね?」
と、懐からチャリ…と音を立てて、鍵をひとつ取り出した。それはアイロス星人事件の時に、マナベがクラタに渡したウルトラホーク発進場の鍵だった。
「それは…」
マナベが慌てて立ち上がりかけた時、それまで黙って二人のやりとりを見ていたキリヤマが小さく呟いた。クラタに近付き、その手から鍵を取ると確かめるようにマジマジと見つめた。
「…間違いない…、発進場の鍵だ…。これを参謀がクラタに―――あの時、クラタがホーク1号で来た事を不思議に思っていたが……そうだったのか…」
得心がいったように小さく何回か頷くと、再び鍵をクラタの手に戻し、マナベに向き直った。その瞳に純粋な感謝と敬意が煌めき、マナベを眩しく照らした。
思わずその輝きに気圧されるマナベ。それを尻目に、不敵な微笑を浮かべたままクラタはマナベの机に近付き、その上に鍵を置いた。机から一歩下がり敬礼してみせる。
「マナベ参謀。ありがとうございました!」
「う…うむ…」
今はクラタよりキリヤマの瞳の輝きが気になるマナベは、クラタの笑顔の意味を考える余裕もなく、ただ鍵を受け取りそれを胸ポケットにしまった。
とにかく、マナベ参謀にとって現状は厳しかった。最強の敵と言っていいクラタ隊長は宇宙から無断で来るわ告白しようと思っていた相手からは尊敬の眼差しをむけられるわ、折角一大決心をして誰もいない時を見計らってキリヤマを呼んだというのに、このままでは全てが水の泡になってしまう。
まずはクラタを退室させなければならない!―――自分を見つめる敬意のこもった眼差しに居心地の悪さを感じながら、マナベはクラタに視線を向けた。
「確かに返してもらった。これで君の用事はすんだろう。ステーションV3も君がいなければ心もとない。今日中に宇宙に帰ったらどうだ?」
しかし、マナベの提案をある程度予想していたクラタは、軽く肩を上げ、
「そうしたいのは山々なんですがね、残念な事にそうもいかないんですよ。実は着陸した時、連絡ロケットの計器系統にちょっと故障が生じたみたいで、明日まで直りそうにないらしいんです」
苦笑するが、その様子はどう見ても残念がっているように見えない。それもその筈で、その「ちょっとした故障」はクラタがワザとおこしたものだ。勿論、少し部品を取り替えれば直る程度の故障で、帰ろうと思えば今日中に帰れるが―――勿論、クラタはそんなつもりなど毛頭ない。
クラタが今日中にV3に帰れそうもないと聞き、キリヤマはマナベに向けていた視線を彼に移した。
「それじゃ今日はこのままここにいるのか?」
「ああ―――あ、そうだ。お前今日は夜勤か?」
マナベの眉尻が上がるが、それに気付かず怪訝そうにクラタを見るキリヤマ。
「嫌、違うが何だ?」
「お前の部屋で休ませてもらおうと思ってな。久し振りに少し付き合え。学生時代は良くやっただろう」
と、酒を飲む仕草をしてみせるクラタ。キリヤマは軽く笑い声を漏らすと、挑戦的に瞳を輝かせた。
「酒は置いてないんだが、煙草ならあるぞ」
それを了承の意と取って、キリヤマの肩に手を置くクラタ。
作品名:極東基地の密かな攻防 作家名:uhata