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昭和初期郭ものパラレルシズイザAct.9

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「・・・何やってんだあいつら?」

しばし
門田の膝枕に顔を擦りつけて甘える千景と
苦笑しながら千景を甘やかしてやる門田の
その光景を
往来の真ん中で立ち尽くして見てしまった静雄は
人にぶつかられて釣り銭を落とし
慌てて拾うハメになる

そして静雄は
言いつけられた巻紙を買って店へと戻り
「買って来たぜ」と臨也の部屋の襖を開ける

「あぁお帰り。ご苦労さん。」

返事した臨也は
さらさらと達者な文字を巻紙へと書き付けている途中で
それに思わず見とれている静雄に気付くと
にっこりと唇の端を吊り上げて微笑んで筆を置く

「何?シズちゃん?」
「いや・・・凄ぇ達筆だなと思ってよ。」
「それはありがとう。シズちゃんに褒めて貰えるとはね?」
「・・・これ。買って来た。これ釣り銭。」
「あぁ、どうも。・・・ねぇお釣り足らないけど?」
「え・・・?」
「まさかネコババ?お給金まだだから?」

嫌味に微笑みかける臨也に怒鳴ろうとして
あっと気付いた静雄は髪を掻く
恐らくあの時
門田と千景の膝枕を見て呆然として
釣り銭を落とした時に拾い損ねたものだろう

「・・・悪ぃ。多分落とした。」
「意外だなぁ。怒り出すかと思ったよシズちゃんなら。」
「イヤ・・・ちょいとな。」
「何かなぁ?何かあったみたいだね。話してよ?」

口べたな静雄が口八丁の臨也に叶うワケが無く
呆気なく膝枕の一件を白状させられた静雄は
あぁやべぇ門田に知られたら気ぃ悪くすんじゃねぇかと
冷や汗が出る

「へぇえ・・・。そうだったんだ?かっわいいねぇ?」
「か、可愛い・・・かよ?」
「可愛いじゃない。往来の床机でそんな真似するなんて」

凄い独占欲だと思わない?と
フフフと臨也が笑って静雄にちろりと目を流す

「あの子はもしかしてシズちゃんに気付いてたのかも?」
「はぁ?」
「だって行って帰りにまた通るのを予想するのは簡単だし。」
「そ、そんなそぶり無かったぞ?」
「馬鹿な反応しないでくれる?そんなの気取られたら」

ドタちんに膝枕なんか
させられるわけないじゃない

臨也が心底呆れたように静雄を見る

「ドタちんに気付かせずシズちゃんに気付かせるのが目的。」
「ナンで俺に?」
「馬鹿?シズちゃんて本当に馬鹿?俺に伝える為だよ。」
「あ?俺に見せて・・・ナンで手前に伝わんだよ?」
「・・・本当に馬鹿なんだね・・・。」

シズちゃんの様子おかしいだとかそんなの

「俺がすぐに気付くからに決まってるだろ?現にこうやって」

洗いざらい聞き出してるわけだしさぁ

臨也がクスリと肩を竦める

「へぇえ。あのガキ凄ぇな。」
「何言ってるの。こんな商売、人を見抜くのが仕事じゃない。」

ほんと
シズちゃんて馬鹿過ぎて疲れる

臨也は苦笑し

「ねぇ?」

意地悪い笑みを浮かべる

「膝枕、俺にもしてくれる?」
「・・・はぁ?」
「シズちゃんのせいで俺すっかり疲れちゃったよ。」

えっと身を引く間もなく
臨也が倒れかかるように
静雄のかいたあぐらの上へ顔を半分埋める

「手前!」
「じっとしててよ。転げちゃうじゃない。」
「退けって!」
「おしおき。釣り銭無くしたの誰だと思ってるわけ?」
「・・・クソ!」
「意外と暑いなぁ。コレであおいでよ?」

臨也が
懐から取り出して渡した扇子を見て
静雄が思わず声を上げる

「やっぱり手前かよ!」
「フフフ。・・・何が?」
「この前だろ!人の扇子抜き取りやがって!」
「そう?シズちゃんのだったそれ?まぁいいから」

ちゃんとあおいでよ後で返してあげるから

臨也が静雄の膝枕の上で寝返りを打ち
目を閉じる

「あぁ・・・思ったよか気持ちいいこれ・・・。」
「そうかよ。結構なご身分だぜ。」
「ちょっと。もっと優雅にあおいでくれない?」
「はぁ?贅沢言うな。人にあおがせといて。」
「てっても鰻か何かじゃないんだからさぁ?」
「文句あんなら自分であおげ!」
「何言ってんのシズちゃん。お釣り銭無くしといて?」
「あぁあぁ解った!」

あおぎゃいいんだろ
あおぎゃあ

自棄になってパタパタと扇子を振ると
自分の扇子から
いつも臨也が着物に焚きしめている香の香りが
ふと漂う

「・・・臭ぇ。・・・手前の匂いがついてやがる。」
「フフフ・・・。そりゃ悪かったね・・・。」

白檀の香りかな

目を閉じたままの臨也が呟く

「ビャクダン?何だ、それ?」
「シズちゃんは・・・知らないか・・・。」

香木の
一種だよ

眠そうな声で臨也が呟き

凄く
高級なんだよね
知らないと思うから
言っとくけど

眠そうに潤んだ瞳を半分だけ開いて
こんな時にも嫌味たらしく微笑んでみせる

「・・・一応ね・・・。」

それだけ言うと
本当に眠気の波が来たらしく
ふう、とゆるい吐息をついて
ゆっくりと黒い睫が閉じられた

「オイ。ちょっと待て。寝るな。オイ。」
「・・・・駄目・・・。」

ほんの少しでいいから
寝かせてよ

呟くように臨也が言うと
すう、と落ちるように身体から力が抜け
それでかえって静雄には
今まで臨也がこう見えて
身体を強張らせていたことが知れる



「・・・ったく。何なんだコイツは・・・。」



理由も解らず苛立って
腹立ちまぎれにパタパタとあおぐと
臨也の細い髪が舞い上がって静雄の肌をくすぐり
そのうちの何本かが
思わぬ程に長い睫に絡まった

病持ちだからか
もしくは陽に当たらぬこんな商売故か
抜けるように思える白い肌の上に
黒絹のような髪と睫がひときわ鮮やかで

静雄は扇子で風を送りながら
じっと
臨也の寝顔を見る

秀でた額は如何にも聡明そうで
形の良い鼻梁と
薄く淡い色合いの唇
いつもは頬に血の気は少ないが
今日に限っては暑さのせいか薄紅色で
全体に線の細い顔立ちは
こうして瞳を閉じて眠っていると少女めいていて
いかにも儚い

門田は臨也が母親似だと言い
その母親は元居た女郎屋では
『津軽小町』と呼ばれる程の美人だったと言っていた



「・・・津軽か。・・・なる程な。」



行った事など無いが
その地名を聞けば解るような気もする
この肌の白さと
きめの細かさは
冬には雪に閉ざされる地方のものなのかと

そして門田からまた聞いた
帝大の医科の学生だったという
実の父親の才気を受け継いで
こいつはこんなに饒舌で頭の回転が速いのだろうなと




「ま、だけど」



ムカつく野郎に
違いは無ぇ

呟いた側から
ぅん、と寝返りを打つ臨也の
微かに微笑んだような寝顔に

思わず視線が


止まってしまう





ムカつく野郎だ

呟きながら




ずっと




扇子で風を送ってやる自分の瞳が
台詞とは裏腹に和らいで居る事を
静雄は気付かない

そして

柔らかな表情で
臨也の寝顔を見つめている自分を

そっと
襖の影から見て居る瞳があるのに

静雄は
全く
気付いては居なかった




「あれ?青葉君。どうしたの?」
「シッ。帝人さんも見ます?」


この店では
先輩後輩関係なく
年齢に合わせて敬称を使わせているので
店の売れっ子の青葉だが
年上の帝人には一応敬語を使う

その得意気な青葉に