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愛知らずマリオネット

臨静←帝人


今や見慣れたバーテン服。この池袋で彼の象徴。それに向かって走り出すが生憎の赤信号で急かす気持ちを宥めろと言われているようだった。
でも、もし静雄が私服姿だったとしても多分僕は見つけられる。金髪でなくても、長身でなくても、あの伝説レベルで有り得ない怪力が無かったとしても。何の自信だろうか。別に彼とは昔からの知り合いという訳でも無いし、年長の友人という訳でも無い。強いて言うなら母校が同じというくらいだろうか。僕が池袋に来る遥か前に卒業してしまっているのだから、それも余り意味は無さそうだけど。
青信号になり人ごみに流されながらも目的地に到達する。植木のレンガに腰掛けた静雄は眉を顰めながら煙草を吸っていた。これは他人から見ても判るように、彼は今機嫌が悪いんだ。数ヶ月前の僕だったら話しかけるどころか目線を合わせるのも躊躇われるくらいの威圧感、それに僕は笑顔で声をかける。

「静雄さん」
「あ?」

実際に低い声に射抜かれると覚悟はしていても背筋が張る。ぎろりと野性的な眼に一瞥されると笑みが引き攣る。乾いた笑い声を漏らすと静雄はふっと表情を緩めて「なんだお前か」と少しだけ視線を柔らかくする。僕の肩肘も力が抜けた。

「見かけたので。今日は仕事は?」
「途中でノミ蟲に邪魔された」
「ああ、いざ」

やさん、の言葉を発する事は出来なかった。核兵器の発射ボタンが静雄の手の中にあるような、世界を揺るがしかねないボーダーラインがある。たった「いざ」だけで静雄は一気に眉間に皺を寄せ手に持っていた煙草を握り潰した。熱くないのかなあと若干青ざめながら取り繕うように苦笑して見せた。

「こっちに来るなんて珍しいですね」
「ちっ。門田に用があったらしいんだがな」

知り合いの名前に僕は少しだけ複雑な気分になる。勿論、全く知らない名前を出された方が嫌な気分にはなるけど、知人だからと言って浮かれもしない。友人でもない僕がこんな事を思うのはお門違いも良い所だけど、だけど。

「臨也さんと門田さん仲良いんですね、はは」
「同窓だからな。くそ、幽のある事ない事言いふらしやがって……」

また。カスカって誰だろう? 前にも一度だけその名前を聞いた事があるけど、僕が気軽に静雄の友好関係を聞ける相手なんて居ない。なんとなく正臣に一度訊ねたが、返ってきた答えは「静雄に友達いんの?」だった。ひどい言い草だと思いはしたけど、それに「かもね」と素で返してしまった自分も居た。友達というか、上司のドレッドヘアの人以外は確かに誰かと一緒に居る所なんて見た事はないけれど。

「いつも一緒に居る、えーっと、先輩はどうしたんです?」
「トムさんか。臨也の奴追いかけてたらはぐれた。そろそろ来てくれるはずだが……」

携帯を見て、時間かメールか判らないが何か確認している。彼の携帯を鳴らすのは精々上司くらいなものだろう。……いや、もう一人、居るか。少なくとも僕じゃない事は確定している。意外と人の良い彼だから、後輩である僕が聞けばアドレスを教えてくれるかもしれない。だけど、その一線を越えるのは余り賢くは無さそうだ。恐ろしい強さで彼に執心している人間が居るから。回りくどく、そして判りやすくあの人は僕に警告を促している。「シズちゃんに近付いたら火傷しちゃうよ。色んな意味でね」とまで言っていた。あの人の眼に燻ぶる嫉視の炎。触れたら僕なんか燃え滓になってしまうだろう。
僕が苦笑したまま眺めていると静雄はその大きな手で口元を隠しながら何事かを囁いた。距離がある所為で上手く聞き取れない。

「俺の気ィ引く為にわざわざ幽の名前出すとかどんだけ腐ってんだあいつ……」

僕の割と良い聴力は、「気」「引く」「幽」「あいつ」だけを脳に響かせた。これだけでも大体予想が出来る。僕は、一度だけ見てしまった事があるから。情報屋と喧嘩人形の逢引を。微かに伺えたそれは臨也が静雄を押さえつけてキスしていた一瞬だけだったけど、隠れて二人が何をしているのかは察した。サングラスの向こうにある読みにくい感情の機微、目元に差した薄らとした赤に気付かないはずはなくて。
僕はまだ静雄と関わって数ヶ月にも満たない。高校から一緒の臨也にはとても敵わない。なんだかんだ言っても、眼の前の池袋最強は自分から離れない人間が好きなんだ。そして臆病で鈍い眼の前の男は、僕が自分に抱いている感情を興味か、憧れだと思っている。冗談じゃない、そんな生ぬるい感情で済ませて欲しくは無い。それでも、良くも悪くも彼の中で僕の印象が変わるのは、少しだけ、怖かった。

「……静雄さん、平気ですよ」
「は?」

にこりと笑みを浮かべながら、鞄を抱え直した僕を静雄は見上げた。お互いの身長を考えれば有り得ない逆転現象。僕がどれだけ醜悪な顔をしているのか、静雄の驚いた顔を見ればよく判る。そして僕はその表情を、隠しはしない。僕が抱く怯えも恐怖も興奮も、抑えない。

「あの人が貴方に飽きても僕は貴方に飽きませんから」
「……何を言ってる?」

眉を顰めながら僕を睨むその眼。臨也もこの眼に魅了されたのか。僕と同じように。
その瞳には判りやすく動揺が走っていて、見る者が見れば滑稽にも映るけど、僕にはそれが美しく、愛おしいと思う。彼は誰よりも人間らしい。本当なら折原臨也の平たい愛情を受ける対象に入るはずだったのに、あの男は別種の愛情を向けてしまったらしい。質が悪い。
判っている、きっと臨也はこの人に飽きるという感情を抱きはしないと。だって、こんな面白い人、世界中を探したってそうは見つからない。人類の進化と言っても良い。別に特別、人間の神秘に興味は無いけれど、「平和島静雄」には売る程の興味がある。彼を縛るのは容易い。既に愛の形を失った汚れた感情をぶつけるだけ。だって彼は愛する事も愛される事にも慣れていない。何が愛なのか、判っていない。折原臨也に植えつけられた陳腐な愛を払ってあげる。

「今度遊びましょう、静雄さん」

小悪魔の誘惑に池袋の喧嘩人形は言葉を落とした。




03触れたことすらないのに
   (さあ泣いて鳴いて啼いて)

―――――――――――――――――――――愛知らずマリオネット



 
作品名:一頁 作家名:青永秋