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我侭カペルマイスター
臨静「ねえシズちゃん、海に行こうよ」
「面倒臭い。大体なんで6月に」
朝から降り頻る雨の中、今日が期限の課題を家に置いてきた俺は教師の命令でやり直しをさせられた。取りに帰ればすぐなのにと抗議したが、俺を信用していないのか駄目だと一掃された。何度も舌打ちしながら机に向かっていれば、話を聞き付けたのか実に嬉々とした表情で臨也が教室に現れた。つい先日もこいつの所為で反省文を書かされた直後なので、学習能力がついた俺はぐっと殴るのを堪えた。
無視していれば反応が無い、つまらないと帰るはず。そう考えた俺は完全にこいつの言う事を無視し続けていたんだが、予想に反して珍しく臨也は俺を逆撫でする事を言わなかった。明日はこの雨に輪をかけた豪雨になるんじゃないか?
「いやだからさ、直前に言っても聞いてくれなさそうだから、予約しようと思って」
「お前と二人で外出なんて吐き気がする」
「えー。俺たち付き合ってるのに?」
「黙れ」
一体どんな天変地異が起きてこんな関係になったのか。それは俺が一番聞きたい。人生って判らないものだな。
俺は自力で課題を解くのを諦め、門田にコピーさせて貰った答えを見ながら書き写していた。所々間違える事で少しは解答に信用性をつけようなんて下心もつけて。
「海なんて遠出じゃなくても良いからどっか行こうよ、夏休み」
「だから面倒臭えって言ってるだろ」
俺の前の席に陣取り何度もしつこく繰り返してきた。そんなに俺なんかと出掛けたいのか。弟の幽ですら、まああいつはインドア派だから仕方ないとして、家族でも旅行に行った記憶は乏しい。答えを書き写す事に熱中していた俺は素で間違えた答えを直そうと消しゴムに手を伸ばしかける。だが筆箱から出して置いたそれが机の上の何処にも見当たらずに顔を上げた。
「じゃあお祭りとか」
「……人の多い場所は好きじゃねえんだ」
臨也の手で弄ばれている消しゴムを見つけ、目線で「返せ」と訴えた。臨也は無駄に整っている顔を厭らしく歪め、わざとらしく「えー?」と肩を竦める。ただでさえ早く帰りたいのに、こいつは。
「返せって」
「良いじゃん間違えたって。なあに? シズちゃんは俺と一緒に居たくないわけ?」
「馬鹿かお前」
「ちゅーしてくれたら返してあげるよ」
なーんちゃってとまるで女子高生なノリで両手を上げる臨也に溜め息を吐き、俺は席を立った。瞬間的に殴られると察知した臨也が身を固くするが、そんな臨也の胸倉を掴んで引き寄せ、軽くキスを送る。ぽかんとした間抜け面に満足し不敵な笑みを浮かべてやり、早々に座席に戻った。
「ほら、返せ」
未だ時間が止まっているらしい臨也の手から消しゴムを奪い取り、頬杖をついて見上げた。
「出掛けなくても家まで一緒に帰ってやるよ」
「……やられた」
諸手を挙げた臨也はにやにや笑いを取り戻して調子に乗った事を言う。
「今日俺さ、傘忘れちゃったからシズちゃんの傘に入れてよ」
「ふざけんな、濡れてけ」
「一緒に帰るのに?」
街中で片方が傘を差しているのに、隣に歩く奴が雨に打たれていたら、俺が嫌な眼で見られるんだろうな。ノミ蟲の癖に。盛大に項垂れた俺に向かって臨也は唇を寄せる。囁かれた言葉は俺の気分を持ち上げるのか、盛り下げるのか。
「雨、強くなってきたよ」
唇を三日月に曲げた臨也は、まるで下手な指揮者のように俺の鉛筆を持って振り上げた。雨脚がどんどん強まった気がした。
06梅雨時には、百歩譲って相合傘
(ん? お前朝はどうやって来たんだ)
―――――――――――――――――――――我侭カペルマイスター