蒼の五線譜 第一奏
頭で時間をかけて理解するんじゃない。
一瞬で、それも心に来るものを、
感じたことがあるか。
蒼の五線譜
第一奏「琥珀の指揮者」
四月。
新たな始まりを告げる季節。
春独特の暖かな雰囲気に包まれて、学園に併設されている学生寮の一室、翡翠の瞳が開かれた。
ゆっくりと起き上がり、時刻を確認すると、少々ぼさついている金髪をかき上げながら寝床を降りる。
ふと、窓の外の景色に目が留まり、誰へともなく呟いた。
「……そうか、今日始業式か……」
*
「やっほー!お早うアーサー!」
寮を出て、校舎に向かって歩いていくアーサーに、後方から声がかかる。
振り向いたアーサーは、あからさまに嫌そうな顔をした。
「げ、お前かよ。朝一でてめぇの顔見るなんて最悪だ」
「もー、相変わらずつれないんだから☆」
「死ね」
「……幼馴染みにそれは無いんじゃないのー。お兄さんちょっとショックだよ?」
勿論、そんなものは嘘である。
分かりきっているいつものやり取りを無視して、アーサーがズカズカと進んでいった。
改めて紹介すると、少々前方を睨み気味に歩いているこの少年は、名をアーサー・カークランドという。
森の中にある、広大な敷地と校舎その他を有する巨大な学園で、中々に名の通った人物である。
加えてとある財閥の跡取り、なんていう反則的なおまけ付きだ。
そして、アーサーに声を掛けた大人びた少年は、フランシス・ボヌフォワ。
彼もそれなりに学園内では有名人で、本人が言っていた通りアーサーの幼馴染み。
アーサーの実家である財閥のナンバー2を父に持っている。
そんな二人が校舎の前に着くと、其処は人だかりで一杯になっていた。
何しろ、新学期が始まるということは、クラス替えがあるからだ。
クラス分けの一覧が、表に大きく張り出されていた。
大衆を一瞥し、アーサーが呆れたように溜め息をつく。
「ったく……。何が楽しいんだか」
「そうやって斜に構えて~、ちょっとは学生らしく楽しんだら?不良は卒業したんでしょ?」
「ばっ、当たりめーだろ!言うなよそれ!」
ギャーギャー言い合っていると、遠慮がちに二人に声が掛けられた。
「喂(ウェイ)、ちょっと良いあるか?」
ピタリ、と互いに掴み掛かっていた動きを止め、声の主を二人は見る。
其処に居たのは、自分たちとは全く異なる毛色を纏った人物だった。
茶の混じった黒髪に、黄色がかった肌、そして、琥珀色を含んだ黒の瞳。
彼が異質だったからなのか、一瞬対応が遅れた。
「あ、あぁ、なんだ?」
「人混みの所為でクラス分けの表が見えねーある。亜細亜のヤツが何処にあるか、分かるあるか?」
言われた通りにアーサーは辺りを見渡して、離れたところにあるアジアクラスのクラス分け表を見つけた。
ちなみに、言わずともアーサーとフランシスはヨーロッパクラスである。
表のある方向を指差し、黒髪の少年を見やった。
「ん、あれか……。おい、向こうにあるみたいだぞ」
「そうあるか、わざわざすまねーあるな。謝謝」
それだけ言い残すと、目的の物に向かって小走りに行ってしまった。
去り際に、微笑みを残して。
「……へぇー、可愛い子じゃん」
によによとアーサーを見ながら、フランシスは呟いた。
対するアーサーはというと、はぁ!?と素っ頓狂な声をあげ驚くばかり。
「何言ってんだよお前は!相手は男だぞ!?」
「甘いねぇ、俺の守備範囲は広いの!芸術品然り、素敵な物ってみんな好きでしょ?それとおんなじさ」
「ちげぇよ!!」
「さっきのお礼の言葉的に、中国の人なのかなー」
「聞け!!」
何やらきらきらと変態的なオーラを振りまきながら鼻の下を伸ばすフランシスに疲れ、アーサーは深く溜め息をついた。
少し背伸びをして、人混みに大部分が隠れているクラス分け表を見る。
自分の名前のお陰か、結構上の方に書かれていることが多いので、今回も例に漏れずそれで見つけることが出来た。
ふと隣の表を見ると、丁度傍に居る腐れ縁の名前を発見する。
「へぇ、今回は別のクラスか。これでちょっとは平和に暮らせそうだ……」
「え、なんか言った?」
「なんでそういうトコだけ聞いてんだよ。都合の良い耳だな」
変わらず悪態をつき、アーサーは先程の人物が走り去っていった方向を見た。
黒を基調とした生徒たちが集まる中、その姿は案外容易に見つかった。
同じような背格好をした人物と何やら話している。
ぼぅっとその姿を眺めていると、フランシスがすかさず茶々を入れてきた。
「あ~らら?結局はお前も気になるんじゃないの?」
「んなワケあるかっ!!」
――長きに渡る、ひとつの楽譜が開かれた刻。
季節は春、満開の桜花だった。
***
~始業式から二日後~
この学園の生徒会とは不思議なもので、普通、生徒会長とは年功序列的に三年生がなるものなのだが、実力その他必要な要素を持っていれば、誰でもなれる可能性があるのだ。
それらの評価は生徒会がしているとも、教師らがしているとも噂があり、真相は定かではないのだが。
(人物紹介でお分かりかと思うが)今年は、こともあろうに――
「……俺が?」
アーサーが、何の因果かその役職に選ばれてしまったのだった。
~始業式から四日後~
「いくらなんでも、荷が勝ちすぎるだろ……」
中庭、花々に囲まれた噴水にて。
突然の大役に、驚きやらで混乱中のアーサーを、フランシスがなだめていた。
「まぁまぁ、そんなに凹むことじゃないと思うよ?だってさ、この学校の生徒会長って、ただ行事の時なんかに出てくるお飾りじゃなくて、本当の“改革者”なんだから。やろうと思えば何だって出来るかもしれないんだぜ?」
ぴくり、と俯き気味だったアーサーが反応する。
元より人を先導していくのが好きな性分だ、“改革者”の言葉に何かピンと来るものがあったのだろう。
そういう俺も副会長なのよね、と考えて、フランシスは肩をすくめた。
「こんなトコでぼーっとしてる場合じゃないんじゃない?会長さん――あ、」
あれ、とフランシスが言うので、アーサーはすっと顔を上げる。
遠くからこちらに駆けて来る人影が二つ、見えた。
「おーい!フランシスー!アーサー!」
「わわっ、ま、待ってよぉぉ」
一人は大きく手を振りながら勢いよく走ってくると、二人の目の前でブレーキ音でも聞こえそうなくらいに急に止まり、前のめりになった体勢を元に戻した。
遅れて、もう一人少年が付いてきた。ちょっと息切れ気味である。
「やぁ!始業式でも会わなかったから、一体どうしたのかと思ったよ!」
「お前なぁ、連絡なかったら特に何もない証拠だろうが」
「てっきりくたばったのかと思ったんだぞ☆」
「てめぇ……」
金髪四角眼鏡、ブレザーの代わりにジャケットを羽織ったこの人物は、アルフレッド・F・ジョーンズ。