蒼の五線譜 第一奏
アーサー、フランシスとは幼馴染みで、昔はアーサーの実家のある住宅街に住んでいて、よく遊んだ仲。
「はぁ……。無理はするもんじゃないなぁ……」
「お疲れさま~」
ふわりと癖のある金髪に丸めの眼鏡、なんだか気になるあほ毛のこの人は、マシュー・ウィリアムズ。
アルフレッドの双子の兄弟である。
彼も同じく二人とは幼馴染みで、よくフランシスの事を慕っていた。
思い出したように、アルフレッドが手を叩いた。
「いけない、用事を忘れるとこだったよ」
「用事?」
そう!とアルフレッドはアーサーに指を突きつけた。
突然のことに、アーサーは一瞬たじろく。
「この後代表委員会なんだぞ!って言っても、それぞれ自己紹介みたいな……。つまり顔合わせさ」
「……いっけね、忘れてた。わざわざ呼びに来てくれたのか。サンキュ」
「会長不在じゃ元も子もないからね。それにフランシスも!」
「あーいよ。あれ、マシューは?」
「僕はただの付き添いで来ただけだよー。アル、終わるまで図書室で待ってるからね」
「うん、終わったら光の速さで行くんだぞ!」
互いに手を振り合って、アルフレッドは二人と生徒会室へ、マシューは図書室へと向かった。
相変わらず仲良いな、とアーサーは少しだけ、二人の兄弟を羨んだ。
*
生徒会室はやたら豪華だ。
椅子は革張りだし、使う道具は世界各国からのお取り寄せ、茶をたしなむための道具一式もまた然りである。
先々代くらいの生徒会長がやらかしたらしいが、回収はされず、むしろ現行で使用されている。
この学園は変なところで寛大だ。
そして、今このだだっ広い会議室のような生徒会室に、各学年・クラスの委員長が集まってきていた。
それぞれ席について、近くの生徒と談笑なぞしている。
いわずもがな、アーサーの席は上座である。
昨日の衝撃的な生徒会長任命の後、先代の会長に引継ぎだのなんだので連れまわされた。
なので、とりあえず一通りの会長の役割とか権限とかは理解している。
ひとまず、初仕事。
「すまない、待たせたな。始めようか」
アーサーの一声で、スッと場は静かになる。
彼が自己紹介を終え、その後はフランシスが続き、彼が進行を務めた。
一年から順に済ませていき、二年に回ってきた。
「えーっと、次は二年四組かな」
その声で、一人の人物が立ち上がる。
見覚えのある姿に、思わずアーサーは頬杖をついていた手から首を起こしていた。
「二年四組クラス委員長の、王耀ある。宜しくあるね」
*
王耀。
四日前、偶然出会ったその人物は、なんともすました雰囲気で顔合わせの終わった生徒会室を後にした。
無意識にその姿を目で追っていたアーサーは、またしてもフランシスに茶々を入れられた。
「否定した割には、見てるよねぇ~?」
「ばっ、そんなんじゃねぇよ!」
はっとしてアーサーは抗議の声をあげる。
そこに、人の流れを逆走して、アルフレッドが二人の元にやってきた。
彼は二年一組のクラス委員長である。
「なになに?アーサーがどうしたって?」
「何でもねぇよ」
「いやぁ、さっきの四組の……耀ってコ?その子にさぁ……」
「ある事ない事言うんじゃねぇっ!!」
しばらくの間、生徒会室は三人の騒ぎ立てる声がやまなかったという。
――確かに、身のこなし一つひとつに気品があったのは認めるけど。
心中で、アーサーは一人呟いた。
***
~始業式から5日後~
その日の放課後、校舎裏の桜の木。
太い枝に腰掛け、沈みゆく夕日を眺めている人物が居た。
少しずつ暖かくなっているというのに、首には真っ白で厚手のマフラーを巻きつけている。
眩しい紅い光に目を細めて、独り言を呟いた。
「綺麗だなぁ……。ぜんぶ真っ赤だ……」
彼が此処に来るのは初めてだ。
放課後になって、特にすることもなくて暇だったので、季節の変わった学園内を散策していたら、偶然にも校舎裏に雄大な桜の木を見つけたのだった。
そして、桜の木に登り、こうして日が落ちるのを眺めていたというわけである。
風も気持ちがよく、にわかに船を漕ぎ出した瞬間。
「一寸、誰の許可でそこに居るあるか」
下方から声がした。
少々驚いて下を覗き込むと、強気の瞳でこちらを見上げ、仁王立ちをする黒髪の人物が居た。
「そこは一年の時から我の特等席あるね。分かったらさっさと退くよろし」
桜の木の上に居る彼は、ヴァイオレットの瞳を瞬かせた。
そして、フッと笑ってその言葉に答える。
「やだ。それより君も早く上がってきたら?夕日、沈んじゃうよ」
黒髪の人物は一瞬ムッとしたが、すぐに桜の木を登ってきた。
夕日を眺める、という目的は同じらしい。
しかし、白マフラーの彼を見ずに背を向けているのだけれど。
それから、日がほとんど沈んだ頃に、黒髪の人がすぐにその場を立ち去ろうとしたので、マフラーの彼は呼び止めた。
「あれ、もう行っちゃうの?」
「……何か用あるか」
明らかに彼は不満気である。
なので、マフラーの彼はあくまで友好的な笑みを浮かべた。
「こんな辺鄙なトコで会ったっていうのも何かの縁かな、って思ってさ。名前、教えてよ。……あぁ、僕はイヴァン。イヴァン・ブラギンスキっていうんだ。宜しくね」
差し出された右手を一瞥して、黒髪の彼は返答した。
「……我は王耀、ある」
それだけ言い残すと、耀は木から飛び降り、見事に着地して、スタスタと歩いていってしまった。
握り返されなかった右手を引っ込めつつ、また一つ、イヴァンは呟いた。
「ざーんねん。友達が増えるかと思ったんだけどな……」
だが、言葉とは裏腹に、その顔には微笑みが浮かんでいた。
(……此処にくれば、また会えるかな?)
それぞれの音が、一人の指揮者と出会って―――
to be continued...