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蒼の五線譜 第三奏

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あの渡り廊下を歩いていく。
向こう側から人の気配がしたので、ふと落とし気味だった視線を上に持っていった。

――アイツだ

一瞬ドキリとしたが、相手もこちらに気付いて直後にした反応に、すぐその高鳴りを裏切られる。
目が合ったかと思えば、あからさまに、そっぽを向かれたのである。

――可愛くねぇ……!!





蒼の五線譜
 第三奏「無粋なノイズ」






去り行く背を軽く睨みながら、ハッとアーサーは我に返った。
ぺしぺしと自らの頬を叩きながら独り言を呟き、自身に言い聞かせる。

「なっ……!何考えてんだよ自分!!」

――目を覚ませ!
アイツは……耀は、生徒会長に意見する目の上の瘤だぞ!?

「ちっ……!」

居住まいを正しながらも、どことなくきまりが悪そうにアーサーは歩き始めた。
理想と現実とは、しばしば大きなギャップがあるもの――
事の始まりは、ある時の代表委員会だった。

*

「……てな感じで、まだ先の話ではあるけど、文化祭の予算の出し方はそうしようと思うんだ。何か質問は?」

まだ春だというのに、早くも文化祭の話を持ち出しているのは、その体制に変化をもたらさんとしているからだった。
普通、文化祭のクラス予算というのは、全体で配布される額が決まっているものだ。
しかし、アーサーの今回の提案では、その額をクラスの出し物によって変動させる――生徒会との交渉によって額を決定するというものであった。

アルフレッドが手を挙げ、早速質問をする。

「はいはい!じゃあ、内容がしっかりしてなくちゃ、その生徒会の審査とかで振るい落とされる事もあるってことかい?」

その声に、やや前傾姿勢になりながら、ふぅと息をつきフランシスが答えた。

「まーそうなるねぇ。必要な物の出所をはっきりさせないと、確実に落ちるってことらしいよ~。そうだよね、会長さん?」

あぁ、とアーサーが頷いた。
会長が案を出すと、それまでに生徒会では話し合われていてほぼ合意を得ているという段階なので、それに意見をする人物は極めて稀だ。
今年も例に漏れず、出された案が採用されるとなれば、今年はどうしようかとそれぞれのクラス委員長がにわかに私語を始めた時。

「……交渉制って、どこぞの取り引きじゃあるまいし」

ひとつ、意義を唱える声が聞こえた。
ざわついていた生徒会室がしんと静まり返り、声の主へと視線が向けられた。
腕組みをし、いかにも不満そうな様子でアーサーを見る琥珀の人。
耀、であった。

「……?なんだよ、意見あるならちゃんと言ってくれ」

心の何処かで気になっている彼に、睨まれているとはいえ見られている。
内心の焦燥を隠しつつ、アーサーは耀に問うた。
すると、耀は大仰に溜め息をついてから口を開いた。

「じゃあ言わせて貰うあるがなぁ……。もしその案が採用されたとして、後から不公平だの何だの言われてお前らが対応に困るのは目に見えてるあるよ?それに、何処も最低額で出し物をやりたいなんて思っちゃいない。本番の前に何らかのトラブルが必ず起こるあるね」
「……なんだよ、お前が面倒臭いだけじゃないのか?」
「はっ、何を言い出すかと思えば――」

静かに席を立つと、耀はアーサーに向かって指を突き立てた。
沈黙に包まれていた部屋が、途端に騒がしくなる。
生徒会長、しかもあろうことか大財閥の跡取りに抗うとは――!

「我は、そんな事も予測出来ないのかと言っているある」
「なんだとっ……?」

火花が散りそうなほどに、二人は鋭い剣幕で相手を見据えていた。
そこへ、緊張を破るようにパンパンと手を叩く音がする。

「はーいはいはい、お二人さん!いがみ合うのはその辺にしておきなよ?大事な会議中なんだからね?」

フランシスが相変わらずの暢気な態度でたしなめる。
渋々睨み合いをやめた二人は、席に座り直す際、一度互いを確認し、わざとらしく顔を逸らした。

*

――それが、事の顛末。

あれ以来、アーサーは耀と顔を合わせるたびに、目に見えて避けられるようになった。
皇帝の如き椅子に鎮座し、見下ろすような視線を向ける彼に、腹立たしい思いで一杯なのだろう。
無論、本人は見下ろしている気などない。
だが、有無も言わせぬ雰囲気があることは確かだ。

「……なんだかなぁ」

人間思うとおりには、なかなかいかないものである。

四月も中旬。
桜木の桃色は散り果て、葉が芽を出していた。

*

――欧州2年6組

内側に開閉するドアを押し、アーサーは教室に入った。
これから放課後というだけあって、生徒たちは皆一様にSHRが早く終わることを期待しつつ、談笑にふけっていた。

「お、会長さんやっと来よったわ~。遅うなるとSHRも長引くことになるかんな。こんでさっさと帰れるで!」
「アントーニョ……。俺は便利道具じゃねぇぞ」

帰りたいオーラを全身から放つアントーニョに、笑顔で遠回しに文句を言われたような気がして、機嫌はますます右肩下がりである。
しばらくしてSHRの始まりを告げる鐘が鳴り響く。
担任から明日の簡単な連絡を受けた後、クラスは解散した。

同じ頃に隣の5組も終了したらしく、廊下は人でごった返した。
そんな中、またいつものメンバーが集まる。

「やっほー、お疲れ~」
「お疲れさーん」
「よぅ!なぁなぁ、数学って同じとこやってるだろ、今やってるのがさっぱりなんだけどよ」
「まぁたその話かいなー。ギルに数学教えたったらええやないの、フランシス」
「えー、俺?どっちかっていうと文系なんだけどなぁ。その辺はイヴァンが強いんじゃない?」
「僕が教えるの?んー……飲み込み悪そうだからやだ☆」
「あっ、てめぇ俺様を馬鹿にすんな!」
「じゃあアーサーくんは?」
「俺か?あぁ、まぁ一通りは全般こなせるけどよ、ギルベルトに割いてやる時間がねぇな」
「てめーもか!!(ショボーン!)」

和気あいあいとそんな会話をし、廊下を進み昇降口を目指す。
そこへと通じる二本の道、反対側からも生徒が押し寄せる。
相当な人混みだったというのに、アーサーはめざとくあの姿を見つけてしまった。

揺れる、黒髪。

「どした?アーサー」
「……なんでもねぇ」

すぐに対象から目を逸らしたアーサーは、ぶっきらぼうに答える。
フランシスも深くは追求せず、再び談笑へと興じた。

一方、彼の視線になどまるで気付いていない耀は、さっさと靴をはいて足早に校舎を出て行った。
昇降口の外では、兄弟たちが揃って彼を待っていた。
都合がつく時はこうして皆で集まり、四人揃ってゆっくり過ごしたりすることにしていたのだ。
幸い、この日の放課後は誰もが空いていて、今日は桜餅でも作るかなんて話をしていた。

大きな人波が去った後、ゆっくり歩いている耀たちがその中から現れ出でて、集団の後ろから来ていたアーサーたちは、改めてその姿を確認することとなった。

屈託のない笑顔。
腰に手を当てて、「我に任せるよろし」なんて言っている。
作品名:蒼の五線譜 第三奏 作家名:三ノ宮 倖