world of...-side red- #00
「毎回毎回、んなやり取り不毛だっつってんでぇ、ヘラクレス!」
頭をガリガリと掻きながら、男は呆れたように言った。
ヘラクレスはムッとして、男を睨む。
――といっても、普段からぼーっとしたような表情のため、違いはよく分からないのだが。
「誰の所為……?あんただろ……サディク」
その腕に猫を抱えながら、ヘラクレスはじぃっとサディクを睨む。
視線に耐えかね、サディクは「だー……っもう!」と痺れを切らした。
ヘラクレスの傍に歩み寄ると、その肩をぽんと叩く。
「おら、さっさ行くぞ」
「言われなくても……」
「てやんでぇ!可愛くねぇな」
「そう言われたら……逆に、嫌だ」
逃げるようにヘラクレスはその場から走り出した。
先を越される、と思い、サディクもその後を追う。
「あ!てめぇ!!」
後に残されたのは、息絶えた見張りと血痕、土埃ばかりであった。
***
「はぁい、分かりました~」
はふー、と息をつきながら、無線機の電源を落とす。
「ん、そろそろ行ぐか」
「そうですねー、向こう行きましょうか」
月明かりに照らされて、二人の色素の薄い髪が、尚更白くなって見える。
この二人も、街の建物の屋上に居る。
その為、少々強さを増した風が容赦なく叩きつける。
季節がなんであれ、夜の風というのは体を冷やすものだ。
片方の青年が、小さく身震いをした。
「うぅ、ココって案外冷えるんですね……」
「平気け?ティノ……」
「大丈夫です、スーさん」
外壁に伝っているパイプから、二人はするすると下界へ降りていく。
ベールヴァルトが降りた後、ティノが降りようとすると、彼は腕を差し出した。
「……飛びねぇ」
「えっ」
突然の申し出に、ティノは少し当惑したが、親切から言ってるのだと思い、素直にそれに甘えることにした。
背の高いベールヴァルトの胸に、ティノがぼふっと収まる。
「有難うございます」
「いんや、礼には及ばねぇない……」
二人は周りを見渡したが、幸い敵は一人としていないようだ。
ふと、ティノが疑問を口にする。
「そういえば、なんで僕たちまで駆り出されてるんでしょうね?一応情報部なのに……」
考え込むティノの横で、ベールヴァルトはぽつりと呟いた。
「何か……さしたいことでも、あんのがね」
「させたい、こと……」
ふむ、と二人はしばし考えたが、結局答えは出ず仕舞いで、とりあえず持ち場に移動することにした。
「また……色々ありそうですね」
「……心配すんない……皆、強いべ」
闇夜に沈む街に、二人の足音が、静かに響いた。
***
「うぇー……了解」
無線機の電源を切るなり、その青年は口を尖らせた。
「どうしたの?何か嫌そうだね」
横に腰掛けていた青年が、その人を見上げて問うた。
その首には、白くて長いマフラーが幾重にも巻かれている。
「……だって、“好きにしろ”あるよ?あんまりある……」
がっくりとうな垂れる。
彼は面倒事を極端に嫌うのだ。
今回は、ほぼ丸投げな指令にがっかりしている様子である。
それを見、マフラーの青年はくすくすと笑った。
「いいじゃない。それって投げやりかもしれないけど、“制限なし”ってことでしょ?」
顔だけを向けて、それに答える。
「……殺る気あり過ぎあるよ。さすがは“死神”といったところね」
少々皮肉のこもった言葉に、マフラーの青年は一瞬きょとんとしたが、すぐに微笑んだ。
「お褒め頂き光栄ですよ、“獅子”さん?」
そう言われて姿勢を元に戻した青年は、片方の口角のみを吊り上げる。
「は、お前も言うあるね……イヴァン」
「ふふ、耀くんほどじゃないよ」
マフラーの青年――イヴァンが立ち上がり、月夜に照らされた街の一角に、人型が二つ穿たれる。
耀の黒髪が、ふわりと風に揺れた。
「んじゃ、あの眼鏡のトコに行くあるね」
「眼鏡……ぶふ。うん、行こっか」
それぞれの得物を手に、小高い丘の上にそびえる屋敷に、堂々と侵入した。
***
―――本部内司令室
無数にあるモニターを眺めていると、けたたましい音と共にドアが開いた。
「うあー!遅刻してねぇですか僕!?」
入ってきたのは、年端もいかぬ少年。
かなり走ってきたのか、その息は荒かった。
椅子をくるりと反転させ、モニターを眺めていた青年が口を開く。
「お馬鹿。時間には余裕を持って行動なさい」
「はぁ~い……」
少年の返事とほぼ同時に、部屋の中の小部屋から、一人の女性が出てきた。
「あら、ピーターくんたらまだ起きてたの?」
手にはトレイが乗せられていて、その上にはさらにコーヒーカップが二つ。
彼女が丹精込めて淹れたものだ。
そのひとつを青年に差し出す。
「作戦、まだなんでしょう?少しお休みになったら」
「いえ、それには及びませんよ、エリザ……。もうすぐ始まりますから」
静かに始まりの時が近付いている。
そうなれば、この画面に映し出されるのは――
ちらり、青年はピーターを見やった。
「ピーター」
「はいです!」
「これから何が起こるか、お分かりですか?」
「……はい」
互いに、視線を逸らさずに会話する。
そこに、エリザことエリザベータが参加する。
「本当に?すごく、酷いものを見るかもしれないわ」
それでも、というように、ピーターは深く頷いた。
ふぅ、と息をつき、青年は彼に言った。
「どうやら本気のようですね……。よろしい、そこに掛けなさい」
「いいんですか?ローデリヒさん」
エリザベータの問いに、ローデリヒは伏し目がちに笑った。
「えぇ……彼は案外頑固ですし」
「それだけ、ですか?」
「……さすが、分かりますか」
囁くように会話する二人の横には、嬉々として椅子に座るピーターが居る。
ローデリヒは自らの口元に指をつい、と滑らせた。
「この子は、きっと私たちの後を引き継ぐことになるでしょう……。その為には、今から様々に経験を積ませたほうが良いのかもしれません」
彼の言葉を受けて、エリザベータはピーターを見やった。
丁度振り向いた彼の視線と交差する。
「そんな顔しなくても大丈夫なのですよ」
その言葉にはっとする。
自分が思っているより、この子は現実を受け止めている――
ピーターはいつものように、ニコッと笑ってみせた。
「僕は、いつかみんなと一緒に頑張りたいだけなのですよ」
モニターのいくつかの映像が切り替わり、それぞれの執行部メンバーを映し出す。
始まる。
暗い闇夜の“宴”が。
to be continued...
作品名:world of...-side red- #00 作家名:三ノ宮 倖