world of...-side red- #02
ピピピ、と目覚まし時計が鳴る。
耀は欠伸をし、頭を乱暴にかき上げながらのっそりと起き上がった。
すぐ隣では、イヴァンがぐっすりと眠っている。
目覚まし時計を止め、寝ぼけ眼で時刻を確認し――
「……あ」
飛び起きた。
world of...-side red-
#02「Five crows-瞬殺慣行-」
慌しい足音が廊下に響き渡る。
すれ違う仲間たちの挨拶も忙しく返し、一路最奥の部屋を目指していた。
朝に部屋へ来いと言われていたのをすっかり忘れていた。
予定の時刻より、一時間以上も遅刻している。
やっとの思いで目的の部屋へと辿り着き、ドアを開けようとした、まさに瞬間。
道はあっけなく開き、耀を中へ誘った。
「あいやぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
突然の事に対応できず、走ってきた勢いそのままに、耀はつんのめって盛大に転んだ。
「ぐはっ……」
「Hahaha!Good morning、耀!朝から元気だねぇ」
耀が顔を上げると、行儀の悪いことに机に腰掛けているアルフレッドが、ニコニコ笑いながらこちらを見下ろしていた。
……悪魔め。
憎々しげに無言で見返していると、開かれたドアの傍から耀の方に歩いてくる足音が聞こえた。
振り返ると、丁度相手もしゃがみ込んだので、ばっちり視線が合う。
「大丈夫ですか?すいません、まさかそう来るとは思わなくて……」
申し訳なさそうに、手を差し出しながらマシューは困ったような笑みをした。
その手を借り、立ち上がりながら耀は礼を言い、再びアルフレッドに向き直る。
「で、何あるか?話って」
「あぁそうだったね、でもその前に――」
上半身を動かして、耀の後ろを覗く。
何事かと振り返った耀は、迫り来る物体に抱きつかれることになった。
「あーーーーーにきーーーーーっ!!」
「あいやぁっ!?」
ぎゅうぎゅうと抱き締められ、耀は息苦しくなってしまった。
離せと言ったところでこの人物が聞くはずも無いので、半ば諦めている所為もあるのだが。
「お久し振りですっ!!うわー、生兄貴だ生兄貴!あれ、髪伸びました?」
「……おめーは何一つとして変わってねぇあるな、ヨンス……」
ヨンス、と呼ばれた青年は、嬉々として耀に抱きついている。
人目をはばかるといった雰囲気はまったくない。
すると、ヨンスの後ろから他の声がした。
「もー、ヨンスったら仕方ないね……って言うと思った?独り占めしないでよ」
「それ俺の台詞なんだけど。なんていうか、ジェラシー的な」
「皆さんお好きですねぇ。まぁ、分からなくはないんですが」
いずれも漆黒を纏った、三者三様の人ら。
耀は思わず目を見張った。
そして、すぐに笑みをたたえ、嬉しそうな声をあげる。
「紅華(ホンファ)!香(シャン)!それに菊も!」
兄弟たちはそれぞれに笑った。
耀と菊は本部勤めだが、ヨンスたち三人は主にアジアの支部にいるために、なかなか会える機会がなかったのだ。
それだけに、再会の喜びもひとしおだった。
ヨンスに抱きつかれている耀に、紅華と香も加わって、なんだかもみくちゃになってきた頃、耀ははたと気付いた。
「……あれ、なんで皆此処に来たあるか?」
兄弟たちが喋るより先に、アルフレッドが待ってましたとばかりに話し出した。
「俺がその子らを呼んだんだ、次の“仕事”の為にね」
「でしょうね。そういう事じゃなければ、アルフレッドさんは呼び付けたりしませんし」
どうやら内容はまだ知らされていないらしい。
菊が横で納得したように頷いていた。
机に腰掛けたまま、アルフレッドは頬杖をして笑った。
「君たちの事だから単刀直入に言うけど、今度の仕事は“敵地侵攻”なんで宜しくね?」
「……簡単に言ってくれるあるなぁ」
やれやれ、と苦笑いをしながら耀はアルフレッドを見やる。
すると、アルフレッドの横からマシューが補足を入れてきた。
そんな彼はちょっと憤慨気味である。
「まったく、アルはすぐそうやって人をからかうんだから……。あぁ、すいません皆さん。また説明不足で」
「いえいえ」
「いつもの事あるよ」
別にいいじゃないかー、と言うアルフレッドの声を無視して、マシューは一つ咳払いをした。
「今度の仕事について僕から説明しますね。以前の仕事――取り引き現場の壊滅の事は覚えていますよね?今回はあれの片方の組織の本部への奇襲、つまりは残党狩りといったところです」
「残党狩り?そんな事のために俺たちを?」
ヨンスが眉をひそめて言うと、マシューはそれに肩をすくめて答えた。
「残党、といっても、ざっと千人近くいますからね。何処にそんな戦力を隠していたんだか……。いつも通り、面倒なら要人だけ仕留めてくれれば良いんですけど。……それに」
アルフレッドの机の方へと手を伸ばすと、畳まれた紙を手に取り、振り返りざまにそれを広げて見せた。
書かれていたのは建物の図面。
つまり、地図だ。
「こんなに広いと、お二人だけでは荷が勝ちすぎるかと思いまして」
「それで、か。ようやく分かったかも」
相変わらず耀に抱きついたままの香が頷いた。
更にマシューは言葉を続ける。
「あ、そうそう……。いちいち広げてたんじゃその間に撃たれちゃうかもしれないので、コレは頭に叩き込んで下さいね」
「……おめーはおめーで容赦ねぇあるな」
「大丈夫です、援護は付けますから」
「聞いてねぇある……」
自分らの上に立つ人間たちの非常識さに、こんな事でいいのだろうかと耀は頭を抱えた。
マシューは自分から見て一番手前に居た紅華に地図をそれとなく渡すと、微笑んで言った。
「作戦実行は三日後です。それまでに図面の暗記とコンディションの調整、しておいて下さいね。あぁ、応援部隊の編成はやっておきますよ」
「あれ、すぐには教えてくれないの?なんで?」
紅華が素直な疑問を投げかけると、マシューは悪戯っぽく口元に人差し指を当てて微笑んだ。
「当日のお楽しみ、ってヤツですよ」
「なんだー、結局マシューだってそういう事するじゃないか」
「それはそれ、これはこれ、だよ」
「げぇっ、ずるいぞ!」
にわかに痴話喧嘩を始めた二人を尻目に、菊が兄弟たちに振り返って部屋へ戻ることを促した。
「お話はこれだけのようですし……行きましょうか」
***
それから、三日の間。
本部ではちょっと不思議な光景が見られた。
亜細亜の兄弟たちが互いに会ったり、すれ違ったりすると、
「3階の扉の数は?」
「えーっと……15なんだぜ!」
「正解です」
なんていう会話が必ず交わされたからだ。
無論、作戦の事は仲間内の誰もが知っていたから、それについての質問はまったく聞かれなかった。
「最上階の間取りは、一際でかい部屋、つまりボスの部屋が一つと、それぞれ側近と趣味の部屋が五つずつある」
見事に図面をそらんじてみせた兄に、ぱちぱち、と紅華が拍手をした。
「凄いよ哥哥(にーに)!流石ねっ」
作品名:world of...-side red- #02 作家名:三ノ宮 倖