二つの箱
二つの箱
「嫌だ、もうあんなところ行きたくない」
まだ16の子供である。そんな事は知っていて雑渡は連れて来たのだった。
「君が行かないと言うならそれでも良いけどね」
そんな間にも次々に人が死んでいくだろうなァ、まあ君は行かないから関係ないね。そう雑渡が言うと子供は面白いくらいに素早く二つの救急箱の中身を確認して引出しから補充し、与えられた服を手早く着こみ、そしてやっぱり「行きたくない」とつぶやいた。
「どうして行きたくないの、戦場が怖いわけじゃないでしょう」
「助けられないのにあんな所に行きたくないんです」
あんな所ねえ、と雑渡は思う。君は本当に忍びに向いてないねえ。戦場へ行く支度の出来た伊作は悲壮な顔をして救急箱を二つ抱えている。
窓のない部屋である。壁の二面に薬棚を作り付け、簡単な書き物机と行李とそれから布団が一組あるほかには面白い物は何もない。だから伊作は部屋に居る間の殆どを薬を煎じて過ごす。
二つの救急箱には違う名前が書かれている。真新しい方にはタソガレドキと、それより一回り小さい良く使い込まれた方には善法寺伊作と刻まれていて、後者は伊作が学生時分から個人的に充実を図ってきたものだった。忍者が自分の持ち物に名前を書くのは如何だろうかと雑渡は思うが、咎めない事にしていた。向かないながらも忍術体術はそれなりに修めて来た子供であるし、基本的にこの子供には色んな事を好きにさせていた。
「行って助けてきたらいいんじゃない」
好きなだけ、気が済むまで救うと良い。雑渡は本当に心からそう思う。最近与えられた、外傷に特化して中身の揃えられたそれを伊作は嫌いだった。
「ちゃんとうちの子だけ助けるんだよ」
「あなたなんか、嫌いだ」
そっちは何をしても良いからねと小さい方を指す。そういう約束になっていた。戦場でのタソガレドキ軍の手当ては大きい方から、関係がないけれど伊作が見過ごす事の出来ない怪我人は小さい方から、それぞれ助ける事になっている。雑渡がなにだかをどうにかして作った新しい役職だけれど予算はたっぷりあったので大きい方はいつも凄く減るけれど減っただけ補充することができた。
けれど小さい方はそうはいかない。伊作の個人的な救急箱なので伊作の報酬から中身を賄う、その薬代の為に出かける先で中身を減らすんだから逆自給自足だった。
嫌いだと雑渡を睨む子供が雑渡は可愛くて仕方がない、だって雑渡の顔や体に彼が施してくれる薬と包帯は小さいほうの箱に入っているからだ。
「さあ、行こうか善法寺」
途端に先刻までぐずぐずしていたのが嘘のように、伊作は口布を上げた。
「嫌だ、もうあんなところ行きたくない」
まだ16の子供である。そんな事は知っていて雑渡は連れて来たのだった。
「君が行かないと言うならそれでも良いけどね」
そんな間にも次々に人が死んでいくだろうなァ、まあ君は行かないから関係ないね。そう雑渡が言うと子供は面白いくらいに素早く二つの救急箱の中身を確認して引出しから補充し、与えられた服を手早く着こみ、そしてやっぱり「行きたくない」とつぶやいた。
「どうして行きたくないの、戦場が怖いわけじゃないでしょう」
「助けられないのにあんな所に行きたくないんです」
あんな所ねえ、と雑渡は思う。君は本当に忍びに向いてないねえ。戦場へ行く支度の出来た伊作は悲壮な顔をして救急箱を二つ抱えている。
窓のない部屋である。壁の二面に薬棚を作り付け、簡単な書き物机と行李とそれから布団が一組あるほかには面白い物は何もない。だから伊作は部屋に居る間の殆どを薬を煎じて過ごす。
二つの救急箱には違う名前が書かれている。真新しい方にはタソガレドキと、それより一回り小さい良く使い込まれた方には善法寺伊作と刻まれていて、後者は伊作が学生時分から個人的に充実を図ってきたものだった。忍者が自分の持ち物に名前を書くのは如何だろうかと雑渡は思うが、咎めない事にしていた。向かないながらも忍術体術はそれなりに修めて来た子供であるし、基本的にこの子供には色んな事を好きにさせていた。
「行って助けてきたらいいんじゃない」
好きなだけ、気が済むまで救うと良い。雑渡は本当に心からそう思う。最近与えられた、外傷に特化して中身の揃えられたそれを伊作は嫌いだった。
「ちゃんとうちの子だけ助けるんだよ」
「あなたなんか、嫌いだ」
そっちは何をしても良いからねと小さい方を指す。そういう約束になっていた。戦場でのタソガレドキ軍の手当ては大きい方から、関係がないけれど伊作が見過ごす事の出来ない怪我人は小さい方から、それぞれ助ける事になっている。雑渡がなにだかをどうにかして作った新しい役職だけれど予算はたっぷりあったので大きい方はいつも凄く減るけれど減っただけ補充することができた。
けれど小さい方はそうはいかない。伊作の個人的な救急箱なので伊作の報酬から中身を賄う、その薬代の為に出かける先で中身を減らすんだから逆自給自足だった。
嫌いだと雑渡を睨む子供が雑渡は可愛くて仕方がない、だって雑渡の顔や体に彼が施してくれる薬と包帯は小さいほうの箱に入っているからだ。
「さあ、行こうか善法寺」
途端に先刻までぐずぐずしていたのが嘘のように、伊作は口布を上げた。