二つの箱
二つ目の箱
簡単な、短期の仕事だった。手も情も掛っていない身分で守って貰えるとは思っていないしそもそも戦場では頼れるのは自分ばかりと、分ってはいた。この十日を無事に過ごせばもう会わなくなる捨て駒仲間との仕事はやはり学生時代とは勝手が違って、個々の技能の生かし切れてない所が歯がゆい。最低限の合図しか知らされずに切り込みの更に前に立たされて、捨てると突きつけられた代わりにこちらもいつだって逃げる支度をしている。どんな報酬だって自分の命よりはうんと軽いのは当然のことだった。分っていた。分ってはいた。
「さむ」
敵はタソガレドキだった。だから無意識に探していなかったと言えば嘘になるけれど、顔が三分の一しか見えないたった一人を見つけ出そうなんて馬鹿なことは考えない。手元が狂ったのも返す足が一拍遅れたのも全て自分の責任だった。見知ったつり目の、栗色の髪のせいでは決して無かった。
(ああ、寒い)
二文字を口に出す元気も体液が漏れているのを止める元気もなくて、装束が生命を吸って重くなるのに任せていた。今すぐ死ぬことは無かろうけれども助けに戻る人の当ても居らず、ここに捨て置かれればいずれ結果は目に見えていた。人生雑魚かったなあと思いながら地面に馴染んで行くような感覚をかみしめていると、何やら寄ってくる人影がある。覗き込むその人が口布を下げるとまるでさっき人波に見た幼馴染のような風貌なのだった。いよいよ走馬灯かと覚悟を決める。
「……留三郎!」
だから名を呼ばれた時は本当に驚いたのだった。
「…………いさく」
「この馬鹿なぜ手当てをしないんだ、ちょっと待ってて今」
ほんの15の時と同じ口調で、当然のように見慣れた救急箱から必要な何やらを次々に取り出す幼馴染は確かにタソガレドキの所属であるようだった。音もなく隣に降り立った男が早くね、とだけ言って伊作のそれより一回り大きな救急箱を持ち去るらしかった。
「お前、」
「ハイ黙って動かないで、すぐ終わるからね」
てきぱきと処置を施す伊作の手は血に染まっていたけれどそれは伊作の血ではないので安心だなあと思う。まだ10の頃に泣きながら手当てをしていたのと同じ人とは思えないと言おうとして気付いた。
「なんだ、変わんねえな」
「黙ってってば」
怒ったような顔で手を真っ赤にして体をぎゅうぎゅう縛ってくる伊作は多分泣きそうなのだと、知っている。