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片目を隠す竹谷

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言葉がぼろぼろと零れ落ちてきた。その右側の額から下を流れる鮮血と同じように。それは徐々に手当てを施す自身の袖をも染めていった。彼の侵食を赦すように。
彼の裏表の無い感情や態度をじっとしていることでやり過ごす。反射のように覚えたのは感情という器官。

「善法寺先輩が昔、頭は血がいっぱい出るとこだってさぁー」

何度目かの言い訳はそれ。久々知は静かにその言葉を脳内で反芻するにとどまった。特に、何も言いやしない。
兎が、長雨で痛んだ飼育小屋から逃げ出して、みんなで追って、その一匹を見つけたら、そいつを狙ってたと思しき狼に切り裂かれた、と。彼は今日の朝飯を言うのとまるで同じように言った。言い訳はひととおり、そんなところだった。
傷を抑えたらしい彼の手のひらにはべっとりと血がついていて、それを無造作に制服で拭うものだから血液はどんどんと制服へと移っていった。よくみると、洗ってはあるが似たような染みを久々知はいくつも見つける。

先刻、天気も良いので長屋を出て木陰で読書に興じていれば遠くから呼ぶ声がして、それが竹谷だった。
「きっちった」と笑われては怒りもそう沸きやしない。
右目を抑えて左に子ウサギを抱えてやってくる彼は多少の苦笑いを交えながら先ずおれにこう言ったんだ。
「こいつさあ、これに入れて」
「これ」の矛先が、彼の下げたやや大きめの籠だというのはすぐに理解したが、先ず先に頼むべきことが有るのではないかと。思い眉だけをしかめるにとどまった。まったく理解できない。
片目を覆いその影からも鮮血を滴らせているというのに。兎が先。

傷は幸い眼球には当たっておらず、傷は額とその下の肉を、鋭い爪で抉ったような形をしていた。近くに水が無かったので洗うことは出来なかったが、懐に入れっぱなしだった使いかけの傷薬と、細い幅の包帯で彼の傷をやり過ごせそうで久々知はため息を漏らしたりした。

あぁ、もう、そうして。
「悪ぃな」
こうして何も問わないおれに、惜しげもなく笑う。
彼は。
おそろしいほど、侵食を繰り返してくるのだ。こうして、無意識のうちに、

「眼球に入ったら使い物にならなくなる」

「うん」

「視界が狭かったら忍びなんてやっていけないのは承知だろ?」

「ん」

「右目は?」
「見える」

作品名:片目を隠す竹谷 作家名:トマリ