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BOMBER☆松永
BOMBER☆松永
novelistID. 13311
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出立前夜

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「むしろ小十郎は、それを思い出した貴方様に、自身が拒絶されることを恐れた――のでしょう。それならばいっそ、あの夜の記憶は自分だけのものとし、それをよすがに――」
 そこで小十郎は言葉を切る。その先にどんな言葉が続くのか、聞かなくても政宗には理解できた。当然だろう、自分も散々同じことをしていたのだ。
 小十郎が抱く幻想の自分は、どんな顔をして、どんな声を上げるのだろう。そう考えたら、又体の芯が熱くなった。
「軽蔑なさいますか」
 小十郎は微かに笑った。けれど、その顔には恥じる風はなかった。その瞳は穏やかで、むしろ安堵の色すら見えた。或いは長らく抱えた秘密を吐露したことで、事実楽になったのかもしれない。だから政宗も、軽く照れの混じる笑いを返す。
「No kidding! 逆に感心しちまったよ。存外お前も大した役者だぜ」
 それから政宗は、改めて小十郎の顔を覗き込んだ。
「なあ、小十郎。もし」
 そこで一度言葉を切ると、ひとつ呼吸を整える。そして真顔になり、意を決して残る言葉を紡いだ。
「もし……今この、正気の俺が、お前とSexするつもりで此処に来た、って言ったら――どうする?」
 小十郎は軽く目を見開いて息を飲んだ。政宗は畳み掛ける。
「抱いてくれ、小十郎。この大戦に臨む前に、お前と契りてぇ。お前に俺の全てを知って欲しいし、お前の全てを俺は知りてぇ。もっと確かに深く――交わりてぇんだ」
 小十郎は完全に黙り込んでしまった。政宗は息を殺して相手の動向を見守る。正直に言えば、拒まれるなどとは考えていなかった。確かに望まれている身だ。ならば自分から手を差し出せば、相手は迷わず受けるだろうと――そう思ったのだ。
 やがての後に、小十郎は口を開いた。
「ひとつ――お伺いしたいことが御座います」
「なんだ」
「政宗様は今日まで、男に体を開いた経験がおありでしょうか」
「……本気で聞いてんのか? 小十郎」
 やけに冷静な視線と共に投げつけられた思いがけぬ問いに、一瞬頭に血が上った。それでも吹き出しそうな激情を必死に押し殺しながら、政宗は呻く。
「俺が誰彼構わず足を開くとでも思ってんのか? そいつぁJokeだとしても笑えねえぜ」
「ならば」
 視線を微塵も外すことなく、小十郎は明瞭な声で言った。
「小十郎は応じかねる」
 返された予想外の言葉に、政宗は自分でも驚く程動揺した。言葉もない政宗に、小十郎は続ける。
「貴方様が未通でなければ、或いはお情けを頂戴したやもしれませぬ。が――今は、明朝には尾張を目指して出立するという、大事な時に御座います」
「だから、こうして来たんじゃねぇか!」
「まさかとは思いますが」
 終に耐えきれず叫べば、小十郎はむしろ冷ややかとも見える瞳を向けてきた。
「経験のない貴方様が、小十郎を受け入れた翌日に、長時間の騎乗に耐えられると本気でお思いか」
「……っ!」
 政宗は再び言葉を失った。
 言われてみれば、もっともな話である。どんなに気を遣って為したところで、初めての身では局所の裂傷を避けることはできないだろう。腕やら腹やらに負った傷ならば、気合いで乗り切る自信はある。だが――場所が場所だ、困難極まりないことは、考えれば予測できる話だった。
 徐々に落ち着き始めてみたら、今度は自分の浅薄で急性な行いが気恥ずかしくなり、政宗は軽く唇を噛んだ。小十郎は少しの間静かに政宗を見詰め続けていたが、やがてふわりと笑みを浮かべた。
「――感謝致します、政宗様」
「Ha……何をだよ」
 政宗は憮然と吐き出した。もはやまともに顔を見ることもできない。対する小十郎の声は、微かに笑っていた。
「此度の戦を前に、貴方様の広きお心と、その真を示して頂いたこと――小十郎には、百万の援軍を得るより心強きことに御座います」
 そして小十郎は膝を正すと、深く平伏の姿勢を取った。
「改めてお誓い申す。政宗様の背は、この小十郎がお守りする、と。だから貴方様は何を案ずることなく、ただ前だけを向いてお進み下さい。そして――必ずや魔王を討ち取り、この奥州へと凱旋致しましょう」
 その、静かだが力強い言葉の響きに、政宗は胸が熱くなった。それは先刻感じた体の疼きとは別種の、背筋が伸びるような感覚を伴っていた。だから政宗は主の顔に戻り、同じだけの力強さを込めて宣言する。
「ああ、当然さ。俺は必ず勝って奥州に戻る。そして――忘れるな。その時はお前も一緒に帰るんだぜ、小十郎」
「御意」
 ゆっくり頭を上げた小十郎は、ふと口元に笑みを刻んだ。そして静かに顔を寄せてくる。
「その暁には、貴方様の望まれるまま――」
 その先の言葉は、唇の狭間に溶けた。多分あの夜、何度も交わしたのであろうそれは、けれど政宗にとって初めて現実感を伴う代物として、その体に刻み込まれて行く。頭の奥が白くなるような、それは今までに感じたことのない感覚だった。
 やがての後に顔を離した小十郎は「そろそろ、お部屋にお戻りください」と囁いた。まだ恍惚に酔い痴れている政宗は、離れ難い思いで呟いてみる。
「なあ――今夜はこのまま、ここで寝せろよ」
「ご冗談を」
 小十郎は軽く顔を顰めて、小さく溜息を漏らした。そのまま説教めいた声が続く。
「幾ら自分で決めたこととはいえ、好いた御方が隣で寝ていながら、その肌に触れずに済ませようとすること――どれだけの忍耐が必要とお思いか。それでは互いに、安らかな眠りなど無理に御座います」
「だったら遠慮せず、しちまえばいいじゃねぇか。どうせ端から俺は、その気だったんだぜ?」
「……本気で怒りますよ」
「Ah――はいはい」
 強く睨み付けられ、政宗は仕方なく体を離した。
「返事は一回で結構」
「ち。わかったよ! うっせぇなぁ!」
 段々調子が狂ってきた。折角想いを通じ合わせ、果ての約束まで交わしたというのに、この色気のなさは何だろう。
 だが同時に、政宗は嬉しくもあった。そこにのみ捕らわれることなく、変わることなく、今までと同じ距離を保ち続けられる自分たちが存在しているという、そのことが。
「よろしいか。ちゃんと眠るのですよ。くれぐれも――悪い遊びに耽ることなど、なさいませぬよう」
 障子を開けた政宗の背に小十郎は、若干笑う声で釘を刺してきた。
「その言葉――そのまま、そっくりお前に返すぜ」
 振り返って政宗も笑い返す。
「じゃ、Good night――また、明日な」
「お休みなさいませ――また、明朝」
 そして政宗は軽い足取りで、寝屋へ戻る廊下を歩き出す。高ぶる思いは、いつしか完全に失せていた。


                              【終】
作品名:出立前夜 作家名:BOMBER☆松永