宿命
「人は皆、宿命を背負って生きるものです」
続けられた彼女の言葉を、俺は鼻で笑い飛ばして見せた。
「俺は運命なんて信じる気はねぇ」
「運命ではありません。宿命と申したのです」
首を振りながら、彼女は言った。
「同じようなものだろ? それとも、何か違いがあるってのか?」
「宿とは星のやどりです。例えば、そう――お前という人間が、この日の本に生まれたことは、お前自身の意志ですか? いえ、それより先に、虫でもなければ獣でもない、人として存在し得るということは? ……そのような大いなる自然の摂理、人智の及ばぬ代物を申すのです」
俺は少なからず驚いた。彼女は俺の知る限り、奉公に出るまでは大した学を得る機会も無かった筈の女だ。その人の口から、このような言葉を聞こうとは、考えてもいなかった。
「対して運命は人の手で変えられる代物。岐路に差し掛かったとき、右の道を歩くか、左へ進むか――そのように選び取ることができるものを、そう呼ぶのです。言葉は似ていても、全く違うものであることは明白でしょう」
思わず口を閉ざした俺を、どう思ったものか、彼女は凛とした声で続けた。
「もう一度しか聞きませぬ、景綱。どうしても出奔するつもりなのですか」
「……まるで貴女は」
振り絞るように俺は言った。
「俺の宿命をご存知のようだな」
「まさか」
彼女は再び首を横に振る。
「わたくしは神ではありません。お前の宿を知ろう筈もないでしょう」
「ならば」
「けれど――示すことはできます」
反論しかけた俺の声を遮り、彼女は言った。
「示す?」
「ええ。恐らくは、と思う方向へと、導く程度のことならばできましょう。何せわたくしは、お前より長く生きている。その分お前よりも、世の中を知っているつもりです」
「詭弁にしか聞こえねぇ。道を知らぬものが、案内できると言っているようなものだ」
「詭弁であるか否かは、お前自身の目で確かめたらどうです」
挑むような眼で見詰められ、再び俺は言葉に詰まった。
しばしの間俺たちは、黙って視線をぶつけあっていたが、結局先に根負けしたのは俺の方だった。
「ふん……知らぬ間に、随分口が達者になられたもんだ」
「お屋形様の教育の賜、でしょうね」
「――さぞやろくでもねぇ男なんだろうな、伊達の殿様って奴は」
「それも、お前自身で確かめなさい」
言って彼女は、今日初めての笑顔を見せた。それは俺が幼い頃に知っていた、優しい姉の顔だった。思わず溜息がこぼれでた。
そして俺は――。
「――小十郎」
呼び掛けられて我に返った。気が付けば政宗様の顔は、驚く程近い場所にあった。その、息の掛かる距離から、政宗様は噛み含めるような口調でおっしゃった。
「忘れるな、小十郎。俺たちは双竜だ。だから必ず、俺たちは巡り会う。惹かれ合うし、求め合う。それが永劫普遍の、俺たちの定めだ」
そのまま唇が重ねられてきた。
長く、深い口付け。愛しい人の味を、俺はじっくりと感じる。
もしも。
あの時、姉の言葉に耳を貸さずに立ち去っていたなら。
きっと俺は闇の中で藻掻き続けたのだろう。
例え二人が巡り会う宿命にあったとしても。
この、強く気高い光が届く瞬間まで、苦しまねばならなかっただろう。
だから。
やがての後に顔を離した政宗様は、何処か悪戯な笑みを刻みながら俺の目を覗き込まれてきた。
「でもよ――敵として対峙するお前とも、ちょっと会って見たかった気もするな。そうなりゃ手強い相手だったろうぜ」
「何をおっしゃられるか」
俺は苦笑を禁じ得ない。
「それでも結局は、貴方様の元でお仕えすることになるのでしょう?」
「Sure. 当然だろ? 宿命、だからな」
「ならば――無駄な回り道をせずに済んだのですから、姉には幾ら感謝しても足りませんな」
「Ha――まったくだ! 喜多には今度俺からも礼を言っておくか」
湯殿の中に、二人の笑い声が響き渡った。
【終】