おかしな二人
思い返せば昔から、彼は手が出るのが早かった。
知り合ったのはまだ幼い頃で、特に仲がよかったわけではなかったが、狭い地区だ、子供の遊ぶ場所など限られており、よく彼を見かけた。
そうでなくても彼の見た目は他人の目を惹くには十分すぎるほど整っており、
そんな人間がよく人を殴ったりするのだから、余計に彼は目立っていた。
本人曰く、別に喧嘩をしていたわけではなく遊びの延長だった、らしいが、端から見れば近付きたくはない光景だった。
それから時が経ち、たまたま大学での専攻が被ってよくお話するようになった今でも彼の手癖足癖はなおらず、
以前よりだいぶ性格は落ち着いたが、よく足を使って扉を開け閉めしたりしているのを見かけた。
その都度私は
「お行儀が悪いですよ。」
と咎めていた。
その回数が両手両足の指を使っても数え切れなくなった頃、私は彼から告白を受けた。
なんとなく彼の好意には気づいていたので、なんら驚きはなかった。
別に彼のことを嫌いではなかったし、むしろ自分を全力で好いてくれていると分かる彼の隣は心地よかった。
そしてなにより、私は彼の顔が、とても好きだった。
「アーサーさん、お行儀が悪いですよ。」
「しょうがねぇだろ、今両手ふさがってんだから。」
そういうと彼は、私が持ち込んでいたベッドの上の本を下に蹴り落とす。
ドサドサと音を立てて、本たちは盛大に床に散らばった。
「……買ったばかりの本なのですが。」
「お前だってやめて欲しくないだろ?」
ニヤ、と笑って、先程から私の体をまさぐっていた手が、するりと下肢へのばされる。
「うぁ、……っ、う、」
「……もうちょっと色気のある声出せよ……。」
「……そういったのがお好みでしたら、可愛らしい女の方を相手にしてはどうです。
この間楽しそうにお話していた方なんて、よく見ない美人でしたよ。」
「………ああ、エミリーか。」
「ええ、だからそのエミリーさんと、」
お付き合いしたらどうです、という、我ながら恋人相手に最低な言葉を吐く前に、やられた。喉元を。
ひ、と音になりきれないうめき声が自分の口から吐き出された。
「うるさいぞ。俺は本田がいいんだ。」
「……なら、人に噛み付く癖をどうにかして頂きたいものですね、…っ!」
今度は肩をやられた。
恋人同士がセックスの前戯に行うような甘噛みなどではない。
噛み付かれるのだ。喉元、肩、腕、鎖骨、太もも、足の付け根。
私の全身は、目に見える形でこの人に所有されている。
「はは、すごいな。この間の歯型、まだ残ってる。」
楽しそうに笑いながら彼は私の手をとり、うやうやしくキスでもするかのように、手首に噛み付く。
単に甘えの表現の一種なのか、それともサディスティックの気があるのか。
痛いし、痕は残るし、とにかく最悪だ。
だが、満足だと言わんばかりの彼の顔を見ると、何とも言えなくなってしまう自分が、一番の最悪だった。
ある日大学内を歩いていたら、彼の弟であるアルフレッドさんに声をかけられた。
どうやらこの大学に入学するらしく、見学もかねて遊びに来たらしい。
大学に入ってお話するようになったアーサーさんとは違い、アルフレッドさんとは昔から割りと仲良くしていた。人懐っこい、彼の性格もあるのだろうけれど。
「菊、最近あまり会えなくて寂しいんだぞ。いつでもうちに来てくれって言ったじゃないか!」
「ええ、すみません……、私も、色々と忙しくて……。」
そう言うと、アルフレッドさんは何か考えるような仕草をした。
彼がそんな顔をするのは珍しく、ついまじまじとその顔を見ていたら、いきなり、ずいっ、顔を寄せられた。
「!………どうかなさったのですか……?」
「菊、知ってるんだ。……君、アーサーと付き合っているんだって?大丈夫かい?彼すぐ手が出るだろう?殴られたりしてないのかい?」
そこまで一気にまくしたてると、アルフレッドさんは私の腕をとり、袖を捲り上げた。
「ちょ、っと…っ!アルフレッドさん!!」
彼は目を丸くして固まった。それもそうだろう、私の腕にはアーサーさんからつけられた噛み痕があちこちに残っているのだから。
しかし彼はすぐに、悲しげな目でソレを見つめながらこう言った。
「こんなに綺麗な君に、こんなことをするなんて、ひどいね、アーサーは。」
そしてゆっくりと、私の手首にそっと口付けた。私は目を見張った。
この歯型をつけたときのあの人と、仕草がまるで同じなのだ。
「…アルフレッドさん、やめて下さい。」
「…嫌だと言ったら?」
こちらを見つめたまま、私の手首に自らの頬を摺り寄せる。
彼の青い瞳が濃く光った。
「…やめてください、」
「菊、」
逆らえない。
「アルフレッド。」
急に後ろから聞こえてきた声に、は、と我に返る。
振り返ると、こちらをじ、と見つめるアーサーさんの姿があった。
瞳の色は違えども、先程のアルフレッドさんと同種の、どこか逆らえないなにかを纏って。
「アルフレッド、なにしてるんだ。」
「やあ!アーサー。見ての通りだよ、菊と楽しくお話してるのさ。」
ね?と小首をかしげて同意を求めてくるアルフレッドさんに、ようやく私の手がまだ彼に掴まれたままだと気づく。
私が手を振り払おうと腕に力を込めると、振りほどく前にフッ、とその拘束が解ける。
驚いて思わずアルフレッドさんを見上げると、彼はやれやれといった様子で両手を上げた。
「アーサー、君の顔、すごく怖いんだぞ。そんなに睨んじゃ菊がかわいそうだよ。」
「…………アルフレッド、本田をからかうのもいい加減にしろよ。あんまりひどいと夕食抜きにするぞ。」
そう言われた瞬間、それは困る!!!とアルフレッドさんはタタッと軽いテンポで私から離れる。
そしてくるりとこちらを振り返ってニコリと笑った。
「菊!またね!!今度はうちに遊びにおいで。そのときはフランシスに料理作らせるからさ!」
そう言い残して、彼は廊下の奥に消えていく。
嵐のようだった。
彼が消えてしまった後のこの空間には、最早なにも残っていないような気がした。
「本田、」
いきなり声をかけられてビクンと肩が揺れる。
振り返り見ると、今まで見たことがないような、黒い、怒りのオーラを纏ったアーサーさんがこちらをキッを見据えていた。
「………なんでしょう。」
「ハッ、随分余裕な態度だな。」
「…どういう意味で?」
強気な態度を取ってはいたが、心臓はバクバクとうるさく響いていた。
なんだこれは、こんなアーサーさんはみたことがない。
「……用がないのでしたら、私帰りますね。では、」
そう言い放って足早にその場を去ろうとしたが、後ろから強い力で手を引かれ、それは叶わないと悟る。来い、それだけ短く吐き捨て、彼は私の手を強く握り直した。
その後はひどいものだった。
無言で一人暮らしである私の家まで連れていかれ、彼が所持している合鍵で中へ。
そのままベッドの上に投げ込まれ、まずは頬を殴られた。
私はいきなりのことに放心し、固まった。すると、次は腹を蹴られた。
苦しさにえずき動けずにいると、強引に服を剥がれ、慣らすこともせずいきなり挿入された。
知り合ったのはまだ幼い頃で、特に仲がよかったわけではなかったが、狭い地区だ、子供の遊ぶ場所など限られており、よく彼を見かけた。
そうでなくても彼の見た目は他人の目を惹くには十分すぎるほど整っており、
そんな人間がよく人を殴ったりするのだから、余計に彼は目立っていた。
本人曰く、別に喧嘩をしていたわけではなく遊びの延長だった、らしいが、端から見れば近付きたくはない光景だった。
それから時が経ち、たまたま大学での専攻が被ってよくお話するようになった今でも彼の手癖足癖はなおらず、
以前よりだいぶ性格は落ち着いたが、よく足を使って扉を開け閉めしたりしているのを見かけた。
その都度私は
「お行儀が悪いですよ。」
と咎めていた。
その回数が両手両足の指を使っても数え切れなくなった頃、私は彼から告白を受けた。
なんとなく彼の好意には気づいていたので、なんら驚きはなかった。
別に彼のことを嫌いではなかったし、むしろ自分を全力で好いてくれていると分かる彼の隣は心地よかった。
そしてなにより、私は彼の顔が、とても好きだった。
「アーサーさん、お行儀が悪いですよ。」
「しょうがねぇだろ、今両手ふさがってんだから。」
そういうと彼は、私が持ち込んでいたベッドの上の本を下に蹴り落とす。
ドサドサと音を立てて、本たちは盛大に床に散らばった。
「……買ったばかりの本なのですが。」
「お前だってやめて欲しくないだろ?」
ニヤ、と笑って、先程から私の体をまさぐっていた手が、するりと下肢へのばされる。
「うぁ、……っ、う、」
「……もうちょっと色気のある声出せよ……。」
「……そういったのがお好みでしたら、可愛らしい女の方を相手にしてはどうです。
この間楽しそうにお話していた方なんて、よく見ない美人でしたよ。」
「………ああ、エミリーか。」
「ええ、だからそのエミリーさんと、」
お付き合いしたらどうです、という、我ながら恋人相手に最低な言葉を吐く前に、やられた。喉元を。
ひ、と音になりきれないうめき声が自分の口から吐き出された。
「うるさいぞ。俺は本田がいいんだ。」
「……なら、人に噛み付く癖をどうにかして頂きたいものですね、…っ!」
今度は肩をやられた。
恋人同士がセックスの前戯に行うような甘噛みなどではない。
噛み付かれるのだ。喉元、肩、腕、鎖骨、太もも、足の付け根。
私の全身は、目に見える形でこの人に所有されている。
「はは、すごいな。この間の歯型、まだ残ってる。」
楽しそうに笑いながら彼は私の手をとり、うやうやしくキスでもするかのように、手首に噛み付く。
単に甘えの表現の一種なのか、それともサディスティックの気があるのか。
痛いし、痕は残るし、とにかく最悪だ。
だが、満足だと言わんばかりの彼の顔を見ると、何とも言えなくなってしまう自分が、一番の最悪だった。
ある日大学内を歩いていたら、彼の弟であるアルフレッドさんに声をかけられた。
どうやらこの大学に入学するらしく、見学もかねて遊びに来たらしい。
大学に入ってお話するようになったアーサーさんとは違い、アルフレッドさんとは昔から割りと仲良くしていた。人懐っこい、彼の性格もあるのだろうけれど。
「菊、最近あまり会えなくて寂しいんだぞ。いつでもうちに来てくれって言ったじゃないか!」
「ええ、すみません……、私も、色々と忙しくて……。」
そう言うと、アルフレッドさんは何か考えるような仕草をした。
彼がそんな顔をするのは珍しく、ついまじまじとその顔を見ていたら、いきなり、ずいっ、顔を寄せられた。
「!………どうかなさったのですか……?」
「菊、知ってるんだ。……君、アーサーと付き合っているんだって?大丈夫かい?彼すぐ手が出るだろう?殴られたりしてないのかい?」
そこまで一気にまくしたてると、アルフレッドさんは私の腕をとり、袖を捲り上げた。
「ちょ、っと…っ!アルフレッドさん!!」
彼は目を丸くして固まった。それもそうだろう、私の腕にはアーサーさんからつけられた噛み痕があちこちに残っているのだから。
しかし彼はすぐに、悲しげな目でソレを見つめながらこう言った。
「こんなに綺麗な君に、こんなことをするなんて、ひどいね、アーサーは。」
そしてゆっくりと、私の手首にそっと口付けた。私は目を見張った。
この歯型をつけたときのあの人と、仕草がまるで同じなのだ。
「…アルフレッドさん、やめて下さい。」
「…嫌だと言ったら?」
こちらを見つめたまま、私の手首に自らの頬を摺り寄せる。
彼の青い瞳が濃く光った。
「…やめてください、」
「菊、」
逆らえない。
「アルフレッド。」
急に後ろから聞こえてきた声に、は、と我に返る。
振り返ると、こちらをじ、と見つめるアーサーさんの姿があった。
瞳の色は違えども、先程のアルフレッドさんと同種の、どこか逆らえないなにかを纏って。
「アルフレッド、なにしてるんだ。」
「やあ!アーサー。見ての通りだよ、菊と楽しくお話してるのさ。」
ね?と小首をかしげて同意を求めてくるアルフレッドさんに、ようやく私の手がまだ彼に掴まれたままだと気づく。
私が手を振り払おうと腕に力を込めると、振りほどく前にフッ、とその拘束が解ける。
驚いて思わずアルフレッドさんを見上げると、彼はやれやれといった様子で両手を上げた。
「アーサー、君の顔、すごく怖いんだぞ。そんなに睨んじゃ菊がかわいそうだよ。」
「…………アルフレッド、本田をからかうのもいい加減にしろよ。あんまりひどいと夕食抜きにするぞ。」
そう言われた瞬間、それは困る!!!とアルフレッドさんはタタッと軽いテンポで私から離れる。
そしてくるりとこちらを振り返ってニコリと笑った。
「菊!またね!!今度はうちに遊びにおいで。そのときはフランシスに料理作らせるからさ!」
そう言い残して、彼は廊下の奥に消えていく。
嵐のようだった。
彼が消えてしまった後のこの空間には、最早なにも残っていないような気がした。
「本田、」
いきなり声をかけられてビクンと肩が揺れる。
振り返り見ると、今まで見たことがないような、黒い、怒りのオーラを纏ったアーサーさんがこちらをキッを見据えていた。
「………なんでしょう。」
「ハッ、随分余裕な態度だな。」
「…どういう意味で?」
強気な態度を取ってはいたが、心臓はバクバクとうるさく響いていた。
なんだこれは、こんなアーサーさんはみたことがない。
「……用がないのでしたら、私帰りますね。では、」
そう言い放って足早にその場を去ろうとしたが、後ろから強い力で手を引かれ、それは叶わないと悟る。来い、それだけ短く吐き捨て、彼は私の手を強く握り直した。
その後はひどいものだった。
無言で一人暮らしである私の家まで連れていかれ、彼が所持している合鍵で中へ。
そのままベッドの上に投げ込まれ、まずは頬を殴られた。
私はいきなりのことに放心し、固まった。すると、次は腹を蹴られた。
苦しさにえずき動けずにいると、強引に服を剥がれ、慣らすこともせずいきなり挿入された。