学級戦争
開戦編
教員達も苦渋の決断だったのだろう。
新年度、掲示板に張り出されたそれを見て誰もがそう思うだろうことは想像に難くない。ある者は早々に顔を青くし、ある者は安堵し、ある者は他者に憐憫の視線を投げる、あるいはそれすらも出来ずに視線を逸らす。
何せ校内で知らぬ者はいない超がつく程の問題児2名が同級となっている。
生き残れると踏んだのか、それとも自主退学でも促しているのか、その学級には他にも奇人変人、不良、問題児等がこれでもかと詰め込まれていた。担任は胃薬を常用することになるに違いない。学級崩壊になるのと担任が倒れるのと、どちらが早いだろうか、と他人事として自分の名前を探していると、他人事が他人事ではなくなった。
彼等もまた、その学級に名を連ねることを余儀なくされていたからである。
新1年生が入学式で長々と話を聞いている頃、2学年になった彼等の教室ではHRが行われ
――――ガシャアァ…………ン
ている筈であった、本来ならば。
罵声、怒号、罵詈雑言、殺害宣言。それらは2人の生徒から発せられ、発言を現実のものにしようと教室内での戦争が始まった。恐らく3日も保たないだろうと思われたが、1日すら保たないとは余程に互いが互いを嫌っているらしい。他人の心中まで知ったことではない、しかし知ったとしてもこの迷惑は許し難い。
既に粗方の級友が逃げるか巻き込まれるかして2人しか立っていない教室は、もう教室ではなかった。ほとんどの机はひしゃげているし、壁や窓には罅が入っている。その割れかけた窓から教室を覗き、竜ヶ峰帝人は溜め息を吐いた。
「矢霧君、去年と同じで保健委員で良い?」
「ああ」
「誠二がやるなら私も!」
「うん、分かった。正臣、風紀委員やってくれるよね? やるよね、やれよ」
「……何か変なプレッシャー感じんだけど?」
「気のせいだよ、頑張って重火器は持ち込ませないでね」
「小火器は良いんデスカ」
「女子でやりたい人、いる?」
「無視すんなよ寂しいだろ! ていうか去年のお前の台詞だろ!?」
「私、やっても良いかな?」
「ごめんね、三ヶ島さん。転入早々に正臣のお守り任せるみたいで」
「ううん、大丈夫」
「…………ホント無視しないで、心がイタイ」
「はいはい、もうちょっと黙ってようね」
「あ、あの、クラス委員、私、やります」
「残りは美化委員と選挙管理委員と……、まあ埋めるだけ埋めたし、良いか」
安全圏に避難しつつ、その場にいた面子で適当に役員を埋めてしまうと、それをメモした紙を園原に渡す。
「じゃあこの場は解散で。園原さんと三ヶ島さん、悪いんだけど、それ、先生に渡してきてくれる?」
解散、言った途端に誠二と美香は腕を組んで帰っていった。この状況を意にも介さないとは、と感心しつつ、残る女子2人を更なる安全圏へと逃がす。といっても、杏里は非常事態の際に沙樹の護衛も兼ねる。よろしく、と2人を送り出した帝人は近くにあった消火器をスタンドから外した。
「良いのか? 杏里、お前より、つーか俺より強いのに」
「必要なのは純粋な腕力だからね。それに万が一にも女の子が怪我したら大変だし」
「俺は良いのか!?」
「傷は勲章、って誰かが言ってたよ」
ズルズルと引き摺って、未だ止まない戦禍の教室前へと移動する。とうとう割れたガラスが帝人の頬を掠めた。魚の腹の如く生白い頬にじんわりと赤い線が浮かぶ。それを拭いもせず、教室内を見て、安全栓を抜き捨て、ホースを構え、
――――ブシュウゥウゥウゥウゥッ
「うわ!?」
「何だッ!?」
傍迷惑な2人へ放射した。流石の問題児達も視界が悪くなり、一瞬でも停止せざるを得なくなったその隙に、正臣が臨也を背負い投げで校舎の外へ放り出した。ちなみに4階ではあるが臨也なら死にはしないだろう、という事前の談議(発案者は帝人)によってこの行動は実行された。静雄が対象から外れたのは、なんてことはない、体躯の問題で正臣が投げられないと判断されたからである。
さて視界が回復し、殴る標的がいなくなったことに気づいた静雄は、代わりに現れた同級生2人を睨めつける。
「……んだよ、手前等」
「クラス委員と風紀委員かな」
しかし帝人は怖じもせずに言い放つ。
「単刀直入に言うけど、迷惑だから外でやって」
「ああ゛!?」
「僕は間違ったことを言ってる?」
まるで冷水のような底の見えない黒い眼はやや低い位置から、まっすぐに、睨むのではなく、それでもひたりと視線を外さない。
「もう一度だけ言うよ」
「外でやれ」
「あー、怖かった」
問題児が消えた教室で、帝人は間の抜けた声でそう言った。
「いや、お前の方が怖かったから。作戦といい、結果といい」
どうにか使えそうな机を並べながら正臣は二度とごめんだ、と呟く。帝人も毎日これだったら嫌だなぁ、と散らばった教科書やノート等を拾い集めている。しかし2人ともどこか楽しそうで、笑いこらえるのに肩が震えていた。
「やべぇ、このクラスで生き残れる気がしてきた」
「まあ何とかなりそうだよね」
終に堪えきれなくなって笑い転げていると女子2人が戻ってくる。笑っている2人に対して杏里は顔を顰めた。
「帝人君、その傷は?」
「え、ああ、ガラスで切っちゃって」
「…………やっぱり斬りますか」
言いながら杏里は眼を赤く光らせる。
「い、いや、大丈夫だから! そんなことしたら園原さん退学になっちゃうよ!?」
「正臣君、揉み消して下さい」
「まさかの杏里から無茶ぶり!? 俺にそんな権限ねぇから!」
「先生方を脅すとか」
「杏里サン今日はどうしたの!?」
何だか楽しそうだね、と笑う沙樹に、帝人もそうだね、と笑い返した。
「おや、今日は随分と早く終わったね」
他方、正門前ではやはり同級となった新羅が、笑いながら立っていた。
「傷もいつもより少ないみたいだし?」
「うるせぇ」
「教室から煙が出たが、ありゃあ何だ?」
もう1人、巻き込まれる形で同級となったのだろう門田が教室の方を眺めながら訊く。
「知らねぇ。気づいたらノミ蟲が消えて変な2人組みがいた」
「は?」
「黒いのと、茶髪の。なんとか委員っつったな。どれだ?」
「いや、俺らに訊かれてもな」
「そもそもいつの間に、委員なんて決まったんだろう?」
この後、首を傾げる3人に4階から投げ出されたにも拘わらずおよそ無傷の臨也が合流し再び戦争が始まるのだが、教室にいる4人には関係のないことであった。