学級戦争
他級編
この学園の2年A組は問題学級である、在籍者すらそう思うのだから間違いない。何せ平和島静雄や折原臨也を筆頭にとにもかくにも奇人変人がこれでもかと放り込まれ、学校側の思惑通りというべきか、始業式から1ヶ月も経たない内に学級の1/3が自主退学。退学者以外にも休学者が出ており、そのほとんどが静雄と臨也の戦争に巻き込まれ入院せざるを得なくなった輩である。おかげで教室が広く感じられた。哀れな担任は初日から3日で体調を崩し現在は休職中、代わりの担任を用意したところで結果は火を見るより明らかなので代理すら立たない、立てられないために休職中の担任が担任を続行中。回復は年度が変わる頃になるだろうと誰もが思っている。しかし生徒の方もこれらの大問題に騒ぐような性格をしておらず(していたらこの学級に放り込まれないだろう)、未だに学級崩壊には至っていない、教室はそろそろ崩壊しそうではあるが。
その日、門田は後輩となった遊馬崎や狩沢と昼食を取るところだった。最初は同じく後輩の渡草も含め4人で学食へ行ったのだが、2人があまりにも騒がしいので移動することになり、しかし渡草は聖辺ルリの新曲に夢中で全く話を聞いていなかったため、食堂に置いてきた。何で自分がこんな苦労を、と頭が痛いが悲しいことにもう慣れた。彼等が何か仕出かせば自分の監督不行届になるのだ、と保護者さながらの心情で屋上へと足を運び、その扉を開けようとした
「テメー、2-Aだからって調子ノッてんじゃねーぞ」
のだが、分かり易い先客がいた。誰かに喧嘩を売っているのかカツアゲしようとしているのか。
「そんなつもりはないんですが」
「その態度が気に食わねーっつってんの」
どうも後者に近いようだ。本当に分かり易い状況に居合わせてしまった、と扉の向こうの出来事に溜め息を吐く。
「クラス委員とか調子ノッてる以外の何ものでもなくね?」
しかも委員長(声からすると男子の方の)かよ、とげんなりすると狩沢に袖を引っ張られた。
「ねえドタチン、2-Aのクラス委員ってどんな人?」
あんな学級ではあるが一応機能している委員会もある。その一つがクラス委員だ。私服が許可され、服装が乱れていたり指定外の制服を着ていたり、と様々な恰好の生徒がいる学園内で、件のクラス委員は男女共に指定の制服をキッチリと着込んでいる。真面目な性格らしく他学級から連絡事項を聞き出しては壊れかけた黒板に書き記し、配布物を渡して回り、自習勝ちな授業をボロボロの机で勉強に当てていたりもする。はっきり言おう、2-Aにおいてあれ程に浮いた存在はない。よく行動を共にしている風紀委員の方がまだ砕けている。真っ先に脱落する、と言われていたのに彼等は未だに退学どころか休学もしない。何故にあの学級にいるのか、という疑問だけが残っているのが現状なのだ。
なのでどんな人、と問われても
「……普通?」
としか答えようがない、そんな印象しかないのだ。狩沢はえー、と不満気な声を出したがすぐに拷問道具を手にすると
「ま、本人に聞けば良いよね」
と笑う。
「そうっすね」
遊馬崎もライターと可燃性スプレーを持ち出した。どっちを拷問する気だ、とも思うがここで見て見ぬ振りが出来る程に門田は性悪ではなかった。バン、と扉を蹴り開ければ、体格差のある不良に胸倉を掴まれた委員長と、見覚えのない他学級の不良が3人。不良3人は門田達に気づくとゲラゲラと笑い出した。
「何だ、オトモダチに助けてーってか?」
「情けねーの」
「こんなのとつるんでる風紀委員の方も大したことな――――――」
しかし途端に形勢が変わる。
「……え?」
胸倉を掴んでいる男の手にはボールペンが突き刺さっていた。
「ギャアアアアアアアアア!?」
刺された男は叫んでパニックに陥り、その隙に自由を得た委員長の袖口から小さな錘が滑り出したかと思えば、天蚕糸が相手の首から顔面にかけて巻きつき、ギリリ、と締め上げた。締め上げられた不良の顔は血流が悪くなり、赤から白、そして青へ。
「僕については言及しませんが、友人を馬鹿にされたとあっては黙ってられません」
残り2人の内の片方が彼に殴りかかろうとするが、いつの間にか空いていた手に握られている小瓶の中身が服に付着、発煙、焦げ出したことで門田達を押し退けて屋上から逃げ出した。
「前言を撤回して下さい」
恐らく彼がキレた一言を発した最後の1人は腰を抜かしている。明らかにおかしな顔色になった最初の1人から天蚕糸を戻し、カツン、と靴音を響かせて詰め寄り、ライターオイルをその場にぶちまける。ヒ、と短い悲鳴が上がるが無視された。
「貴方が貶めた僕の友人に謝罪して下さい」
ジ、と擦れるような音がしてライターの火がオイルへと近づく。
「撤回を」
それは先程まで被害者だった側から発せられた、
「謝罪を」
脅迫にして絶対の命令だった。
結局、撤回も謝罪も聞くことはないままに相手を気絶させてしまった委員長は門田達に向き直ると丁寧に頭を下げた。
「助けてくれてありがとう」
「何もしてないけどな」
相手の注意を一瞬引きつけたのが精々だ、と言えば、委員長は緩く首を横に振る。
「僕1人だったら殴られてたかも知れないから」
被害者から加害者に豹変した彼は何もなかったかのように微笑んでいる。
「……お前が何であのクラスにいるのかよく分かった」
「あー、うん、クラス替えの時から覚悟はしてたんだ。ところで、さ」
微笑を苦笑に変えて、委員長は後輩へと視線を投げる。
「僕のブレザーは返ってくるのかな?」
視線の先では後輩2人が彼から剥ぎ取ったブレザーを物色していた。
「さっきのボールペン、刺さり易いようにされてる。これ芯じゃなくて針だよ」
「内ポケットからデリンジャー出てきたっす、エアガンの改造品みたいっすけど」
「天蚕糸はワイシャツの方かな、ここにはないみたい。瓶の中身は強酸?」
「H2SO4て書いてある、ってことは硫酸っすね。他には、っと……」
持ち主は穏やかに笑っているのにブレザー1枚でどこまでも穏やかではない。
「委員長?」
「これでも最低限だよ、重火器は持ち込んでないし」
「まだあるってことだな?」
「あはははははは」
「ゆまっち、ワイシャツとズボンも剥ごう!」
「いやいや、普通に言えば見せて貰えるんじゃ?」
「うん、他にはね――――」
後輩2人から取り返したブレザーを羽織り、危険物をしまい込むと、委員長は爆弾のような球体に火を点けた。瞬間、破裂音と共に大量の煙が辺りを覆い尽くす。幸い屋外だったために煙はすぐに晴れたが、既に委員長の姿は屋上から消えていた。
「……ドタチン…………」
「どこが普通っすか?」
「どこだったっけな」
余談だがその日の放課後、遊馬崎と狩沢が教室に押しかけてくるのだが委員長はすでに逃げた後だった。