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あいつが大嫌い

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道を歩いていたら向こうから来たトルコと目が合った。殴った。殴り返された。
そのまま殴り合い。決着はつかなくて、二人とも地面に転がった。
顔が痛い、腹も痛い、ムカつく。身体を起こせたら、もう一発殴りつけてやるのに。力の入らない腕に腹が立つ。
トルコが息を荒げながらようやくといった態で起き上がった、立つ気力まではないようでその場に座り込む。
「ったく、いい加減にしろってんでい、無駄な体力使っちまったい」
「うるさい、死ね」
トルコは仮面越しでもわかるぐらいに顔をゆがめたが、拳を振り上げることはなかった。まだそこまで回復はしてないのだろう。
代わりにわざとらしく明後日の方を向いた。
「あーあー、お前も昔はもうちっとかわいげがあったのによう。どうしてここまで歪んじまったんでぇ」
「歪んでなんかない」
「いーや、お前だってちびの頃はもうちっと大人しくて行儀も良くて素直に言うことを聞くいい子だったんでぇ」
「気色悪いことを言うな」
トルコに昔はいい子だったなどと言われると、寒気がする。
だって、自分は昔から、むしろ初めて出会った瞬間からトルコのことが大嫌いだった。
「トルコは馬鹿。何もわかってない」
本当に何一つわかっていない。それなのに、わかったつもりでいる、その傲慢さに虫唾が走るのだ。


確かに昔は、今のように直接喧嘩を売ったりはしなかったけど。それは単に俺自身に力がなかったから。
それにあいつと同居し始めた頃は、みっともない姿を見せるまいと立ち居振る舞い全てに気を使って、精一杯背筋を伸ばして気を張って過ごしてた。あいつが怖かったからじゃない、母さんの名前を傷つけるのが怖かったのだ。
行儀が良くていい子だなあ、やっぱ親のしつけがいいんだろうかねぃ、そんなトルコの言葉を聴くたびに、内心鼻で笑っていた。
けれどそんな生活は唐突に終わりを告げた。俺は猫を被るのをやめた。やめずにいられなかった、みんなトルコのせいだ。
あの頃、同居しているといってもトルコはやれ喧嘩だの仕事だのとあちこちに出かけてばかりいたから、顔を合わせることなど月に数回あればいい方だった。こちらとしては顔など見たくもなかったから好都合だったのだけど。
あの日、部屋でゴロゴロするのにも飽きて表へでも出ようとしたら、家の中が騒がしかった。どうやらトルコがしばらくぶりに帰ってきたらしかった。トルコのいるらしき部屋を覗いてみたら、他の同居中の国たちに囲まれたトルコが、あのいつ見ても腹の立つにやけ面を浮かべて、遠出の自慢話をしたり土産を配ったりしていた。
得意の絶頂といったトルコに、金魚のフンよろしくまとわりついてる周りの連中。馬鹿ばかしいったらない、というか土産ごときで釣られるな。しらけた気分で、壁にもたれながらトルコたちの様子をなんとはなしに観察していた。
トルコの話も一段落したのか、周りを囲んでた壁も少しずつ減っていく。
軽く伸びをして顔を上げたトルコの目が俺を捉えた。少し驚いたような顔、仮面をつけててもわかる間抜け面。
「ああ〜っ、そういえばお前も居たんだっけなぁ。忘れてたぜ」
あの瞬間こみ上げたのは、全身の血が沸騰しそうなほどの怒り。目の前が真っ赤に染まり、耳鳴りがした。トルコはまだ能天気に喋り続けているらしかったが、声は聞こえなかった。ぱくぱくと口だけ動かしているようで滑稽だったが、笑うことは出来なかった。むしろ顔の肉が凍りついたようで、ぴくりとも動かなかった。
ずっと嫌いだった。初めて会った時から大嫌いだった。けれどここまでこの男を憎いと思ったのは初めてだった。
視界がぐにゃりとゆがみ、倒れそうになるのを踏ん張ってこらえた。
小さく深呼吸。被り続けた猫が、こんな時でも感情を、弱みをみせまいとさせる。トルコは気がつきもしなかった、目の前の自分がどれほどの憎悪を向けているかを。
「てなわけでよぉ、お前も欲しいもんがあったらどれでも好きなもんやるぜ」
「お前の施しなんか、いるか」
そう言い捨てて、走ってその場から逃げた。
あそこまでコケにされるくらいなら、猫を被るのなんかやめてやる。あの日俺はそう決めた。
翌朝。
「俺の仮面にラクガキしたのは誰でぇ〜ッ!!!!!」
家中の人間を叩き起こすトルコの絶叫を聞いて、俺は少し溜飲を下げた。
犯人が俺だというのは誰かがトルコにちくったらしくすぐ割れたのだが、笑えることにしばらくの間トルコはそれを信じなかった。逆に俺をかばうようなことを言ったり、俺に向って「他の連中と上手くいってないのか?」などと真面目くさった顔で聞いてきたりした。とんだ茶番だ。
とはいえ、俺の評価が手の付けられないクソガキにまで落ちるまで、そう時間はかからなかったが。
しまいには、何か起きるとすぐ俺のところに怒鳴り込んでくるまでになった。
俺の豹変について、トルコはアレコレ勘繰っては悩んでいたようだが、自業自得だ。トルコがみんな悪い。
トルコは血の気が多い。俺はしょっちゅう拳骨など食らうようになった。頭の痛みは腹立たしいが、あいつの怒りの染まった顔を見ればそれもぶっ飛ぶ。まったく、拳骨が怖くてトルコへの嫌がらせが出来るか。
嫌がらせをする、ボコられる、仕返しをする、さらにボコられる、またやり返す・・・これが延々続いた。
流れる歳月、俺は少しずつだが成長していく。背は伸びて、力も少しずつついてゆく。一方的に殴られるのに我慢できなくなってゆく。
ついに俺は爆発し、殴り返した。
トルコはあっけにとられていた、反撃されるなどとは欠片も考えていなかったようだ。しかもやり返してこなかった、らしくなく躊躇していた。舐めるのもいい加減にしろ。
嵩にかかって数度殴りつけてやる、トルコがよろめいて仮面が落ちた。ようやくトルコのエンジンがかかったらしい。
「ガキが調子乗ってるんじゃねえ!」
怒鳴り声が聞こえたと思った瞬間あごに激痛。視界が暗転した。たたき上げの、生粋の軍事国家の力は伊達じゃない。まともな喧嘩なんかしたことなかった俺には、何をされたかすらわからなかった。
目が覚めたら寝台の上で、枕元にはそれはもう呆れるほどおろおろした様子のトルコがいた。
「すまねえ!痛かったろ、本当に悪かった!ついカーッとなって手加減すんの忘れちまったぃ。本当に本当に悪かった、今度から絶対気をつけるからな!」
相変わらずこちらを下に見るような物言いなのは気に食わないが、常に余裕ぶっていたトルコにわずかでも本気を出させたことやすっかり動転している間抜けな姿、それに俺に向って必死に頭を下げて謝る姿を見るのは気分が良かった。
ふいとそっぽを向いてやったら、あからさまに焦っていた。本当に間抜けすぎて笑いをかみ殺すのに苦労した。
あいつはあれこれ話しかけてきたが、一切無視して口を利かなかった。いつもなら態度がなってねえとか難癖つけてくるのに、その日はそういったこともなく、逆に夕食に俺の好物を出せとか台所に指示を出していたし、俺が寝台にいっぱい猫連れ込んでも文句を言わなかった。
本当に気分がよかった。しかしそんな愉しい日々はすぐにぶち壊された。
そもそもしおらしいトルコなどというものが長続きするわけもなかったのだ。3日もすればまた図々しくうっとおしいトルコに逆戻りしていた。
作品名:あいつが大嫌い 作家名:だっぴゃ