あいつが大嫌い
驚き振り返った先にトルコがいた。あいつを押さえつけていた重い衣を脱ぎ去り、姿を変えた新しいトルコが変わらない広い背中を俺に向け、すっくと立っていた。ゆっくり天を仰ぐ。
トルコは足元の仮面を拾い上げると再びそれを顔につけ、口元に自信たっぷりな笑みを浮かべ走り出した。新しい自分の未来へめがけて。
真っ直ぐに前だけ向いたあいつには、地を這う俺などもはや眼中になく、それがますます俺の惨めさを際立たせた。
俺はあいつの影さえ掴むことは出来なかった。
本当に、本当に馬鹿にしている。子供の頃から今に至るまで。
あいつは俺など眼中にないのだ。
あいつは凄い奴に弱い。強い奴、頭の切れる奴、小さくても能力のある奴。そんな連中には無条件で敬意を払う。日本がそのいい例だ。
確かに日本は凄いけど。あいつごときが近づくなんておこがましいと思うほど。
今、日本を憧憬の眼差しで見つめるトルコ。俺はくちびるを噛んだ。
いつか見返してやると、あんな目で俺を見るようにしてやると独立した頃の俺は思っていた、やれると思っていた。
なのに今、俺は隙だらけのトルコの背中を蹴飛ばしてやることしか出来ない。
「痛ってええええ!何すんでぇッ!」
「油断したお前が・・・馬鹿」
ようやく身体が動く。間髪入れずに頭をはたいて追い討ち。
「・・・いい加減学習しろ、単細胞」
「上等だぁ!テメエこそいい加減俺の拳学習しやがれ!!」
「止めてくださいお二人共っ!お願いですから、お願いしますからぁ!ホント、どーぞこの通りですから!!」
無関係の筈の日本に土下座までされては、俺達は矛を収めるしかなかった。
とはいえ、交わした握手は形ばかりのものだし、日本を間に座りながら互いに視線を合わせもしなかったけど。
日本は疲れた顔で肩を落としている。トルコの奴め、優しい日本にいらない心労を与えるとはまったくもって許しがたい。
「はぁ・・・どうしてお二人はこんなにも喧嘩ばかりされるのでしょう」
「「あいつが悪い」」
気持ち悪く言葉がハモった。即にらみ合い。
「だってよぉ、こいつが意味もなく喧嘩売ってくるから悪いんでぇ」
「しかし・・・ギリシャさんは理由なく喧嘩を売る方でもないと思うのですが・・・何か原因があるのでは」
流石日本、俺のことよくわかってる。それに比べてトルコときたら。
「いやいやいや、こいつの言いがかりに原因なんてねえ。こいつの性根がひねくれまくってるのが根本原因でぃ」
「トルコがみんな悪い。トルコ死ね」
「ほらみろぃ、取り付く島もねえったあこの事でさあ。ま、俺ももうこいつに関しては諦めてっから」
「はあ・・・できれば、その、お二人には仲良くして頂きたいのですが・・・」
「無理、俺こいつ嫌い」
「ほら、これだ。俺としちゃこいつがもうちっと態度を改めりゃ、付き合い方を考えてやらなくもねえのによう」
「・・・トルコの分際で、なにを偉そうに」
どうしてこいつは、いちいち癇に障るような言い方ばかりするのだろうか。態度を改めれば!?それはこっちのセリフだ。昔から今に至るまで、人を小ばかにした態度を改めない男に言われたくはない。
何故か日本は期待をこめた目でトルコを見ていた。
「その・・・トルコさんは、ギリシャさんとの関係改善を前向きに検討する気はあるのですね」
「まあねえ。あいつはああだけど、俺は別にあいつのこと嫌いじゃねぇから」
「気持ち悪いこと言うな!」
反射的に立ち上がって怒鳴りつけていた。トルコの奴め、ふざけてるとしか言いようがない。本気で寒気がした。
トルコは理解不能といった表情で俺を見上げている。
「おいおい、なに過剰反応してんでぇ。別にお前のこと好きだなんて言ったわけじゃな・・・」
「死ね!!」
即座に手が出ていた。
「痛ってええええ!テメエ、今度こそマジ泣かす!」
切れたトルコが殴りかかってきて、あとはいつもの通り。
ああ、俺は心底こいつが嫌い。嫌い、大嫌いだ。
みんなトルコが悪い、それは俺の中でただひとつの真実。
こうやって殴りかかるこの目が、俺が気に食わないなんて生温いものじゃなく、血のような憎悪に染まればいい。
俺があいつへの憎しみに身を焼き焦がすような思いをするように、あいつも俺を憎めばいい。
長いこと抱え続けた願いを胸に、俺は今日もあいつを全力でぶん殴る。