二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

向日葵の咲く町

INDEX|1ページ/2ページ|

次のページ
 
川の音はさらさらと涼しげだ。この季節は日差しばかりが眩しくて、気温だけが夏に追いついていない。江戸に来るのは初めてだった。こうして父に付いて来なければ、一生足を踏み入れぬ地だったに違いない。

医業というものは結構な割合で裏のつながりがあるものだ。いわゆる政財の中心にある重用人物から豪商、そうして庶民に至るまで。今回の江戸行きも、そのつながりで来たのだと父は言う。しがらみから断りきれない患者がいるのだと。

父に付き添い術を見るのは、ここ最近山崎の日課だ。いや、そうしろと言われた。だから従っている。大人になれば自分も鍼医としての一生を送るのだろうか。なんだか現実味が感じられなかった。だからといって明確な目標があるわけでもない。ならばきっと、それが自分の生きていく道なのだろう。

鍼医の日常は身体に馴染んだ空気のようなものだ。目の前にある道を歩く、それは家業を継ぐという意味で、害のない人生だった。

四日ほどかけて下った江戸への旅路であったが、先日早々、父は無事勤めを終えた。今日は宴に招かれ、とある料亭へと向っている。おそらく宿に戻るのは夜半だ。その次の日には、ふたり江戸を離れ、帰路に着く。

本当は父が招かれた宴に、山崎自身も参加する予定だった。しかし好奇心が満たされぬうちに江戸を離れるのももったいない気がして、断ってしまった。父は裏の社交に山崎を触れさせたかったのだろう。煎じた薬を試しに飲んだ後のような、渋い顔をしていた。けれど、黙々と付き添っていた山崎の態度を思い出したのか、結局は、仕方ないなと開放してくれた。だからこうして、江戸の町をあてもなく歩いている。

大通りを闊歩してまず驚いたのが、町を行きかうひとの流行り色だ。西では大柄で金銀豪奢な織りが流行りだが、江戸は黒を基調とする落ち着いた地色が主流のようで、小柄を効かせ、ひとところにぽっと差し色を置いている。

江戸流行りの地色の方が肌に合う。町をぶらついて、最初に思ったのはそれだった。生まれた地であるはずなのに、西の衣装は、身に纏うと着られているみたいで落ち着かない。言ってしまえば地味好みなのだろう。こればかりは生まれついた性質であるから、今更直しようもない。

ぶらぶら歩いているうちに、次第に町の喧騒は遠いものになった。この辺は道場が軒を連ね、学業の中心をなす江戸一番の繁華街であったが、大通りから一歩入ってしまえば、あっというまに川が広がっている。

両岸の間を、水草で緑がかった水がゆったり流れていく。停泊している大きな船は、京から下ってきたものだろうか。ねじり鉢巻をし、袖をまくった下働きらしい数人が、船内からひとかかえ以上もありそうな木の樽を次々運び出している。町の喧騒とはまた違う、張りのある活気だ。

そういえば、この川のほとりで、夏になれば花火が上がるのだという。江戸の風物詩で、大文字と並ぶひとが集うのだと。父は一度目にした事があるらしく、話す声色が僅かに若くなった。いつも難しい顔をする父の、思いもかけない微笑に、夜空に咲く火の花はたいそう美しいのだろうと山崎は思いを馳せる。

どうせならその季節に来られたならよかった。来ようと思えばむろんひとりで来ることも出来るが、花火のためだけに足掛け四日で江戸を訪れるのは、馬鹿げているようにも思う。ようは大文字と同じ火の祭りではないか。きっとたいして変わりはしない。

合理的な思考に落ち着く時点で、江戸を再来する可能性は低そうだった。せめて見納めに目の前を流れる川を覚えておこうと、河川敷に腰を下ろす。水気を含んだ涼しい風が頬を撫でる。のどかな時の流れは、江戸に来てはじめてのものだった。

*  *  *

草の触れ合う音に肩の力を抜き、膝を抱えるよう座って目を閉じていると、しばらくして、ひとの諍う声が風に混じり耳に入った。穏やかな風景に気が緩んでいただけに、聞こえる喧騒に眉を顰める。

なにも河原に来てまで騒がずともいいではないか。ややすれば遠ざかるかと思ったが、声はどんどん近づいてきた。どうやらこの河原を目指して、彼らはやってきたらしい。

山崎はためいきをつき、膝に手をつき立ち上がる。あちらが去らないのなら、自分がここを離れようと思ったのだ。去る間際、ちらりと後ろを向くと、ひとりを大勢が囲んでいる。

あっさり勝敗が決するのがみえみえの人数の差だった。囲む側の頭数がどうみても多すぎる。たがいが手にしているのは木刀のようだから、打ち所が悪くなければ死にはしないだろう。とはいえ、囲まれた側の男が無傷でいられるとは、とうてい思えない。

逡巡しているうちに、数人がいっせいにひとりに向かって飛びかかる。次の瞬間を勝手に予想して、山崎は思わず目を瞑りかけたが、囲まれた男はまったく臆する気配がない。どころかみずからひとの中心に飛び込んでいく。

その男はやたらと強かった。いや、腕が立つというよりは要領がいい。

ひとの間を縫って河川敷を駆け上がる。そうして手にした木刀でひとり倒しては、また距離を開ける。顔に浮かぶのは余裕の好戦的な表情だ。楽しくて仕方ないらしい。

喧嘩慣れしている……。人数の差に憤りを感じ、助けに入ろうかと心変えした山崎だったが、男のあまりの手際のよさに、ただ茫然と姿を目で追った。下手をすれば自分が足手まといになってしまうかもしれない。驚きの表情のまま動けずいると、その、やたら強気な彼が、ちらりと視線を泳がせ、山崎の姿に気づいた。

にやりと口許に笑みが浮かぶ。いやな予感がした。手助けくらいならしても構わないが、人柱になるのは遠慮したいのだが。しかし山崎の内心など無視したかのように、その男はこちらに向ってきた。足の速さは群を抜いているのか、あっという間に距離がつまる。

「お前、ちょっと手を貸してくれよ」
「手を貸す……?」
「難しいことじゃねぇよ。それをちょいと振り回してくれりゃあいいんだ」

至近距離まで近づいて、ひょいと顔を見上げる視線に、山崎が訝しげな表情を向けると、彼はふっと笑いかけ、足先を指差す。見れば手に馴染みそうな木の枝が、草に紛れて落ちていた。

「ああ、これ。……振り回すだけ?」

こういった騒動には、昔からとんと縁がなかった。けれど、助太刀しようと思ったのは事実であったし、旅のなんとやらは掻き捨て、ともいう。たまには騒動に首を突っ込むのも一興かもしれない。
淡々とした山崎の態度に、彼はうれしそうな笑顔で、ああ、と大きく頷く。そうしてすぐ、みずからも木刀を構えなおし、たっと群れの中に飛び込んでいく。

関わると決めたからには、簡単にやられるわけにいかなかった。視線だけは冷静に、ゆっくりと諍いにひとが群がる中へ近づく。首を突っ込む原因となった男は、敵の多さを楽しみが増えたくらいにしか思っていなそうから、手に余る者だけ相手にすればいいだろう。

しかし、山崎は悠長に構えていたが、相手はそうではなかった。今まで構っていた男の強さに敵わないと知るや、山崎に矛先を変え、むかって来る。どうやら目を付けられてしまったらしい。
作品名:向日葵の咲く町 作家名:みお