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向日葵の咲く町

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姿勢は動かさぬまま出方を待つ。相手の動きを利用してその身をかわすと、みずからの勢いにつまずき、跪いた相手の鼻先に、枝の先端を突きつける。冷めた視線で睨みつけ、相手が怯んで逃げ出すのを黙って見送った。やんちゃな子供時代を送った記憶はないが、要領のよさはそれなりだという自負がある。


山崎の様子を見ていた男は、へえ、と感心した顔で口笛を吹くと、腕まくりをして木刀を改めて構えなおした。負けねえとでも思っているのだろう。あきれるほどに喧嘩っ早い。

彼と背中合わせになり、木刀代わりの枝を握る手に力をこめる。とん、とぶつかった背中越しに視線を合わせた。合った瞬間、ふたりの間でくすりと笑いがもれる。

「お前、結構やるんだな」
「そう? ……護身術くらいの心得しかないけれど」

手助けになったなら、よかった。耳元に小さく響いた声に応え、幅を詰める相手に向かう。思ったことが、何も言わずとも相手に伝わっている。ただの喧嘩であるのに、馬が合うのが気持ちよかった。

*  *  *

空はすっかり薄暗くなってしまった。よくわからぬ喧嘩は、隣に座り込む男の勝ちと取っていいのだろう。疲れ果ててしまったのか、彼はごろりと河川敷に寝転び、しばらく草をちぎっては投げしていたが、やがてむくりと起き上がる。

「関係ねぇのに付き合ってもらって、悪かったなぁ」
「気にしないで。それより喧嘩、慣れてるんだ」

申し訳なさそうにぱちりと音を立てて手を合わせるものだから、思わずふきだしてしまった。勝気な雰囲気を霧散させ、殊勝になられても困ってしまう。確かになんの原因もなく加担することにはなった。けれど実を言えば、羽目を外せたみたいで結構楽しかった。

ほんとうに気にすることはないと、山崎は静かに首を振る。羽目を外したことで、ここ最近の息苦しさを開放できたのだから。くすくす肩を震わせる山崎の様子を、彼はびっくりしたように目を見開き、伺っていたが、やがてすっと立ち上がった。

「こんな木刀じゃあなくて、本物を差してぇ」

唐突に口にするその言葉の意味が、山崎にはよくわからなかった。本物とは、帯刀したい、ということだろうか。身なりを見れば、将来そうなる身分といっても通用しそうな格好ではあった。けれど武士の子であるならば、いずれ夢見ずとも帯刀できるだろうに。訝しげな山崎の表情に、やっぱり彼は苦笑している。

「悪ぃ、つまんねぇ話しちまった」

そういいつつも遠くを見る視線は強い。不思議そうな顔を崩さない山崎に向かって、彼は手を差し出す。その手を取ると、ぐいと引っ張られて立ち上がらされた。向かい合ったまま、今度は肩をたたかれる。

「お前、こっちの生まれじゃねぇだろ」

さらりと話題を逸らし、訛りが違うからすぐわかっちまう、と笑う顔は邪気がない。そういう彼の言葉遣いも聞きなれないと思ったが、山崎は素直に頷いた。

「……手習いで来ただけだから」
「へえ! じゃあ、ずっといるのか?」
「父に付いてきただけだから、もう、明日には帰ると思う」
「そりゃあ、残念だ」

せっかく喧嘩の仲間が出来たのに、残念そうにつぶやく声に、確かに離れがたいものを感じていた。情が移るというのは、時の長さとは関係ないのかもしれない。たとえほんの一瞬目が合っただけでも、心が通じることはあるのだ。

きっと彼とは、もう二度と会わないだろう。そもそも、居る場所が違いすぎる。彼は武士としての道を歩く。そして自分は医者という道を。

「もし、また会ったなら、喧嘩の助太刀ならいつでもするから」

会う可能性などないというのに、つまらない約束をしてしまった。着物の袖をまくって肘を曲げ、腕を差し出す。意図に気づいたのか、彼も同様に腕をまくり、たがいの腕を交差させた。

「この川で、夏になると花火が上がる」

それを観にまた来いよ、悪戯っぽく囁く声に、山崎はまた黙って頷く。ほんのすこし前まで、花火のために江戸に来るなど無駄だと思っていた。けれど今は、そのために来てもいいと思う。

江戸は、生まれた地とありとあらゆるものが違っている。ならばきっと花火も、大文字とは違う何かがあるのだろう。たとえば、しがらみから解き放たれたと思った、さきほどの喧嘩の後のように、こちらに来れば変わる何かが、きっとある。

「こっちの呉服屋は、趣味が合いそうだから……」

ささいな言い訳を持ち出して、また夏にはこちらに来ようと心に決める。衣の流行りも、目の前で笑う男の気風も、江戸の町は不思議と山崎の肌に合った。別に夏でなくてもいい。羽を伸ばしたいときには、四日歩いて江戸に来ようと、そう決めた。

*  *  *

あれからもう、何年経っただろう。年一回り分は経ってしまったか。彼とはやはり、あれから一度も会うことはなかった。そもそも名前すら定かではない。無事に帯刀出来るようになっただろうか。それが今も気になっている。

彼と別れてから、山崎は家業を営む一方で、大阪谷町の道場に通う日々を送っていた。ついでといってはなんだが、香取流門下の棒術も、多少手習っている。彼との約束を果たす為、それが理由だといったら、笑われてしまうかもしれない。きっともう、会う可能性などないのに。今日はとうとう医者としての道まで中断して、とある隊士募集の張り紙の元、こうしてその屯所の前に立っている。

帯刀したいとつぶやいた彼の台詞は、知らぬ間に、みずからにも剣の道を歩ませてしまうほど強烈に胸に響いた。あの頃の自分は流されていた。だから、何かを掴もうとする強い言葉に惹かれたのかもしれない。

今、季節は夏だ。江戸の河原で花火は上がっているだろうか。日差しが照りつける中、空を見上げる。あの年の夏、山崎は江戸に足を延ばしてみた。親には呉服屋に行くのだとあの日考えたいいわけを口にして。

はじめて眺めた花火は、静かに燃え盛る大文字とは全く違っていた。華やかで、文字より一瞬で消えてしまう。思えば彼との出会いも、ほんとうに一瞬のことだった。けれど自分の人生は、彼との出会いをきっかけに大きく変わった。あれから会う事もなく時は流れ、ただ、山崎の目指す道だけが、彼にすこし近づいた。

屯所に向かう道には、夜空に咲いた花火を思わせるひまわりがひとつ、大輪の花を咲かせている。
作品名:向日葵の咲く町 作家名:みお