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汝、酔いに呑まれることなかれ

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 その表情が、彼の気に食わなかったのだろう。机の上にあったコップを、足立が引っ掴む。あ、と声を上げる暇も無かった。気付いた時には、コップの中身は勢いよくぶちまけられていた。少年の顔めがけて。
 ぽたぽたと水滴が前髪を伝って流れ落ちる。それは膝をぬらし、そして崩れたタオルを濡らした。ぎゅ、とタオルを掴む手に力が篭る。
「……足立さん」
「な…何…」
 落ちたタオルを手にした少年が、足立の顔をきっと見つめる。やや怯んだような面持ちの青年に向かって、少年は一気に言い放った。
「嘘なんか言ってません何で信じてくれないんですか誰も貴方を馬鹿になんかしてません叔父さんだって菜々子だっておれだってそうです何が不満だって言うんです馬鹿になんかしてません本当だから本当だって言ったんです許してつかわすとかなんです許すのは当たり前ですいつも頑張ってる足立さんの気持ちが晴れるならこれくらいいくらだって我慢しますおれ足立さんのこと好きですから嫌いじゃないですから大好きですから!」
 ――――ノンブレス。
 息荒く頬を赤くさせた少年を前に、足立は二の句も告げずに口をあけた。ぽかん、と間抜けな面持ちで。よっぽど意外だったのだろう。
 とどめの一撃を、少年は高らかに告げる。それは室内をびりびりと揺るがした。
「判ったか! 判ったらいい加減に寝ろこの酔っ払い!!」
「…………………………………………………………ハイ」
 しいん、と室内に静寂が満ちる。雷に打たれでもしたかのように、こくん、と足立は素直に頷いた。肩を上下させていた少年は、うむ、と頷く。その拍子に、ぽたりとしずくが床にと落ちた。
 少年は満足だった。きっかり二十秒後我にと返り、顔を酔っ払いよろしく赤面させるはめになるなど露とも知らずに。





END