ブギーマンはうたえない〈2〉
津軽は人型兵器だ。しかしだからといって「自分は人型兵器です」という看板をぶらさげているわけではない。
津軽は津軽の、もうひとつの顔がある。それは目的遂行のためのカモフラージュでもあり、また津軽にとっては数少ない人間とのコミュニケーションを有するひと時でもあった。それが兵器として彼に必要なものであるかは疑問であるが、新羅いわく兵器といえどベースは人間であり人との触れ合いというのは精神衛生上必要不可欠であると唱えている。そしてその触れ合いの場に選んだのが舞台俳優という仕事である。
静雄の弟である幽は軍に縛られてはいるが俳優という媒体で人々の生活にひと時の潤いを与える仕事をしていた。津軽もそれはうっすらとではあるが記憶にあり、それを新羅に志望したのも津軽の意思である。
そしてこの街へも舞台公演という名目で入り込み、そしてその舞台にも実際に津軽が出演することが決まっている。酒場にも貼ってあった公演のポスターは津軽が出演するその舞台のものであった。
そして本日はその公演スタッフの顔合わせのため、津軽と新羅は街の東中央にある小さな劇場へと足を運んでいた。
「キャーーー! なにこの人カッコイイ! ねぇねぇゆまっち! 今時黒の着流しを着こなす金髪美人って稀少じゃない!?」
「あーそうかもしれないっスねぇー。ていうか、着物なのになにゆえサングラス!」
「でも黒だけってのがまたもったいないかもー! ちょっとこう、足元にアクセントつけたり…」
「いやいやーでも全身真っ黒ってのもなんだかどこかの殺し屋ちっくみたいでカッコイイっすよー!」
「着物で? ライフルとかワルサーとか出しちゃう?」
「いいじゃないスか着物! インテリヤクザ風に見せかけて着物で風情を出して色っぽさの演出! 新たな境地誕生の瞬間っスね!」
「あ、あとご隠居風に羽織とかかぶせたら~? ほら青と白で波みたいな刺繍をつけてさ。あ、でもそしたら中も白がいいかなー」
「羽織の内側にさりげに美少女を忍ばせるのがオツなんすよ」
「えー! そしたら表にどどんと載ってたほうがよくな~い??」
「ああもうわかってないっスねー狩沢さん! こう、自分の背中を包んでくれるようなアングルで描き込んでって…」
「あーあー! 遊馬崎に狩沢! おまえら少し黙っとけって、初日なんだぞ?」
「えードタチーン! 別に隠してたってすぐに出ちゃうし~」
「そうそう。だって目の前にあるこの素材をいかようにして素晴らしい我が萌えを産み出す逸材にするかは僕たちの生きがい…」
「だぁってろ!」
劇場に入ってすぐ声のした客席のほうへ足を運ぶと、出迎えてくれたのは黒のワンピースを着た快活な女性と、ひょろりとして糸目でニコニコと笑う青年。そしてその二人を猫つかみで後ろに下がらせる帽子を被った恰幅の良い男だった。
随分と賑やかな出迎えに呆気にとられていた津軽の後ろから、新羅が申し訳程度に津軽の前に進み出てこの場のまとめ役だろう帽子の男の前に立つと「こちらの公演にお世話になります津軽の…マネージャーの岸谷です」と、ニコリと人の良い笑みをぶらさげて右手を差し出した。それに男はああと津軽と新羅を交互に見てから口端を上げてそれに応える。
「大道具担当の門田だ。あと何人かいるがとりあえず後ろのこいつらは…」
「衣装担当の狩沢でーっす」
「同じく衣装・小道具担当遊馬崎っス。で、津軽さんは猫耳と犬耳ともしアレだったらうさみみのどれが好きっスか?」
「おい! 言ったそばから変な話をするな!」
「あ、虎みみもいいんじゃないかなゆまっち~」
「あーマニアックなとこついてきましたねー狩沢さん。僕のオススメはうさぎなんスけどね、うさぎの尻尾はけっこう凶悪ですよ~、あのモフり具合といい…」
「お・い、なにがオススメだ!」
「うさみみっスよ~、あーでも門田さんはどっちかってーと熊…」
「いやいやゆまっち、こういうガタイのいい男がうさみみってのも案外きゅんときたりね…」
「…………、いい加減その口ひっぱたくぞ」
「ハハハハ、大分楽しそうな現場だねぇ津軽」
「え、あ…あぁ…」
終わらなさそうな狩沢と遊馬崎の不思議な話題を二人してぼぅと眺めていたが、疲れた顔をした門田がここはいいから事務室へと先を促してくれた。お人よしなのかそれとも身内の恥と遠ざけているのか、それはいまだ喋り続ける二人にはどうでもよさげだった。
場所を聞いて事務室へ向かうと、そこで公演の監督兼脚本家である気弱そうな少年と演出家兼出演者であるなにやらこちらもハイテンションな金髪の少年、そして出演者の一人である眼鏡をかけたおとなしめの少女と会い、軽い挨拶を交わしながら先に新羅が自分達の素性を示した。
それと共に、津軽も新羅に倣い小さく会釈を返して右手を差し出してみる。すると少女は少しはにかんだような優しい笑顔でその手を握り返してくれて、津軽ははしなくも恥ずかしさと驚きにぱっと手をひっこめてしまった。
「お~っとぉ? こちらの着物男さんはとんだシャイボーイと見たね。杏里の白く美しくかつ柔らかなその指の感触に震えるほどの歓喜が訪れることは俺もよーくわかる。だけどそれぐらいで怖気づいてたんじゃあこの先出会うべくして出会いまくってしまう可憐なる美女達にあわよくばお近づきになれるかもしれないってチャンスを逃してしまうことになるかもしれな」
「はははは、正臣退場」
「ぇえエ!? せめて最後まで言わせて!」
監督兼脚本家である少年は見た目は弱そうだがなかなかに強かな人物らしい。竜ヶ峰と名乗ったその少年はまだ横でくだらない講釈を垂れ流そうとしている演出家の少年を華麗にスルーすると、近くにあった机の上から1冊の本を取って津軽に渡した。
「こちらがちゃんとした台本になります。えぇーっと…、…たぶんさわりはここの支配人から聞いてらっしゃるかとは思うのですが、ある西欧での言い伝えをもとにした童話調の話になります。…ちょっと、子供向けですけどね、はは」
「ああ、怪物の話っていう…」
「ええ。モミの木よりも高い背に恐ろしく大きな手の異様な姿をした怪物……。見た目で人間に恐れられていた怪物はでも、その自分を嫌う人間をとても愛していました。だから彼も人間に愛されたかった。だけど、彼が人間のためを思ってなにかをしたとしても。……人間は彼を愛さないんです。だって彼は怪物だから」
「……」
語られるあらすじに、津軽も新羅もただ黙ってその竜ヶ峰という少年の顔を見ている。少し寂しそうだった少年はでも次にふわりと表情を変えると、津軽を見上げて小さく微笑んだ。
「でもちゃんとハッピーエンドですよ? でなきゃただの悲しいだけの話ですからね」
「……、そう…なのか?」
「はい。津軽さんは主役の怪物ですから。僕もみんなも期待してますよ!」
「まーほどほどに? 俺の好演を邪魔しない程度に頑張るぐらいにはかまわない事実っていうかね」
「正臣、往生」
「え? なにそれ死ねってこと?」
二人の漫才のようなだが内容を見れば酷く暴虐的な掛け合いに、これが日常なんだろう杏里と呼ばれた少女は口元に手をあてながらクスクスと笑っている。
作品名:ブギーマンはうたえない〈2〉 作家名:七枝