二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

この手に在るもの

INDEX|2ページ/4ページ|

次のページ前のページ
 



 白い靄が立ち込める世界で、彷徨っているようだった。
 すべての人が喜び、笑い、楽しみ、そして怒り哀しむこの鮮やかな世界で、自分はどこまでも異邦人なのだと感じない日はなかった。
 見た目や姿形は一緒。けれど、根本的な何かが決定的に違っている。それに気付く度に、普段は見ないように努めていた不安や苛立ち、焦りが噴き出すように込み上げて来て、何度すべてを投げて逃げ出してしまいたくなったことか。けれどそうしなかったのは、どれだけ走り逃げて続けたとしても、この幻のような世界から抜け出せないだろうということが、判っていたからだ。
 どこにも逃げ場所なんてない、永遠に続く悪い夢を見ている。
 ずっと、そう思っていた…………。







「ねえ、兄さん。ここからどこへ向かおうか」
 宿に辿り着いて荷物を下ろすと、アルは軽く息を吐いてエドを振り返った。エドは窓辺に立ち、光に照らされる町並を見るともなしに見下ろして、活気に満ちた通りを眼で追いながら、ここにはない何かを探しているように見えた。アルはそれが何なのか薄々気付いていながら、あえて知らない風を装いもう一度エドを呼ぶ。
「兄さん……?」
 再度の呼び掛けに、エドは我に返って振り返ると、アルは、どこか心配そうな顔でエドを見つめている。
「あ、ああそうだな。取りあえず何か手掛かりを見つけないことにはどうしようもないしな。……ちょっと、町で情報を集めて来る」
「僕も一緒に行くよ」
 アルは一度脱ぎ掛けたコートを再び着込んで、部屋を出ようとしているエドの後に続こうとした。が、それはエドが左手で制して止める。
「いや、お前は休んでろ、アル。……そんな顔しなくても大丈夫だって!ちゃんと帰ってくるから」
 な?、と、云い聞かせるように、それはどこか懇願にも似た響きでアルの耳に届いた。そんなエドにアルは何も云えなくて、ただ仕方ないとでもいったような笑みを小さく浮かべる。
「……じゃあ、お言葉に甘えてここで休んでるよ。長旅で疲れてるし。兄さんも、あまり遠くには行かないで早く帰って来てよ」
 へたな面倒事を拾ってくる前にね。
 そう云って笑う弟を軽く小突きながら、
「なんだと、人をトラブルメーカーみたいに云うんじゃねっつの。んじゃ、行って来るから」
「うん、行ってらっしゃい」
 後ろ手を振りながらドアを潜り抜けるエドに、アルも手を振り返して見送る。エドの茶色いコートを視界から消すように、静かに扉が閉まった。エドの気配が完全に消えると、アルは口の端に浮かべた笑みを落とし、視線を下げる。つい溜息を吐きそうになって、慌てて口を塞ぎ、そして傍らにあるベッドに腰掛け、天井を仰いだ。
(最近ぼうっとすることが多くなってるみたいだ)
 門を壊した後しばらくは何でもなかった。自分が憶えている兄そのままで、これからはまた一緒に旅ができる。住む世界が違っていようと、これで元通りになったのだと。
(そう、思っていたんだけど…………)
 エドはハイデリヒを見送ってから、次第に様子がおかしくなっていった。いつもどこか沈んだ表情で、何かを考えて。気晴らしに話し掛けてもエドらしくない無理した笑顔で笑う。その笑顔を見るのが、させてしまうのが厭でアルも次第に言葉数も減っていったのだった。そんな兄弟を心配そうに見ているノーアには、申し訳ないと思うけれど。
(…………ただのケンカだったら、簡単だったのにな)
 エドが考えているのは、きっと扉の向こう側の世界。自分達が残して飛び出してきた、あの人達のこと。
 今でも後悔はしていない。けれど、心残りがまったくないとも云えない。
 アルはゆっくりと瞬きをして、天井から窓の外へと視線を移した。
(僕は兄さんの側にいられるならどこでも構わない)
 その気持ちは昔も今も変わることはない。でもそう思うのは、自分だけがずっとあの故郷で過ごしていたからなのではないだろうか。エドのようにたった一人で、まったく知らない、錬金術も使えない世界で過ごしていたらどう思っていただろう。
 普段から肝心なことは何も云わずに溜め込むエドが、それについて口を開くことはないけれど。
(でも僕は、兄さんと同じものを見て、感じて一緒に成長していきたいんだ)
 ずっと願ってた。眼を覚ました日からずっと。
 記憶を失ってからも、考えるのは兄であるエドのことだけ。回りが自分の記憶にあるものより古く、年老いて、ただ自分だけが変わらないという現実の中で確かなものは、姿を消した兄だけだった。
 会いたくて会いたくて、側に居たくて、居て欲しくて。あの太陽のように笑う笑顔がもう一度見たくて。
 だから諦められなかった。絶対に兄は生きているのだと、根拠もないのに自信だけはあって、そんな自分をバカみたいに信じてた。たとえみんなが諦めても、何十年探し続けることになろうと、決して諦めなかっただろう。そして見つけたら、今度こそその手は放さない。
 その気持ちはずっと変わらないまま、むしろ日が経つごとに想いは強くなっていくほどで。
 ラースを犠牲にした時も、門を開く時も、その後のことなんて何も考えずに、ただひたすら会いたいと願うばかりだった。まさか自分が犯した行動で〝世界〟を破壊させてしまう可能性があるなんて考えもしなくて、きっと、あの時兄さんが眼を覚まさせてくれなければ、自分はなす術もなく呆然と崩壊を見つめるだけだったかもしれない。
 今でも、あの時のことを思い出すとぞっとする。
 アルは込み上げて来るものを堪えるように、ぎゅっと眼を閉じた。
 あの時エドが呟いた言葉を思う。

『生きている限り永遠に、世界と無関係でいることなんかできない――――』

(兄さんはそのことをどんな気持ちで云ったんだろう)
 一体、どれほどこの言葉を噛み締めてきたのか。
 聞いたとしても、そう簡単に話す人ではないから、わずかばかりに溢される言葉の端々で察するしかない。
 アルは再び眼を開くと腰を上げ、先程エドがそうしていたように窓辺に立ち、外を見渡した。この窓の外は、昨日も今日も明日も、またその先の未来だって何事もないように明るく光に照らされるのだろう。
 たとえ世界が狂い始めたとしても。
 次第に傾き、茜色を帯び始めた陽の光を頬に受けながら、アルは故郷と変わらなく存在するものをまた一つ見つけて、微かに微笑んだ。
(どこに居たって、僕らの世界とずっと繋がっている。そうでしょ?兄さん…………)






 宿を出たエドは、そのまま当てもなく町をぶらついていた。昼時というには遅い時間で、道端では子供達が遊んでいる。
 至極平和な風景。この長閑な光景にどこまでも混じりあわない異分子が自分だと、二年前にも感じたことをまた繰り返している自分自身に溜息が洩れる。呆れの、それ。
 アルには情報収集という名目で出て来たものの、この町に有益な話が落ちているとは思えず、エドは考えるともなしに疎らに行き交う人波を避けて歩いていた。すると、林立していた建物が急に途絶え吹き曝しの小高い丘が見え、眼の前にはそこに至る道が一本通っているのみ。
作品名:この手に在るもの 作家名:桜井透子