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この手に在るもの

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 戦いの最中、高くなった目線に違和感を覚えながら、それでも、まるで二年のブランクがなかったように懐かしい軽口を交わして笑う。思えば自分達は埒もない憎まれ口を叩き合ってしかコミュニケーションを保てなかった。互いに奥深くに想いを押し隠しながら、相手の出方を探り合うばかりで。
「さっそく嫌味かよっ」
 やや大人びた声音の幼い口調に、思わず零れる笑みを抑えることは出来なかった。そうやって、確かめて。
(そういう方法でしか君との距離を測れなかった。卑怯者だな、私は)
 だから、彼が向こうの世界に戻ることを引き止めることすらしなかった。……いや、違う。出来なかったのだ。心のどこかで、また彼は消えてしまうのではないかと、そんな予感めいた思いを抱きながら見つめていた。そしてそれは正しく現実のものとなる。
 機内に去る寸前、僅かに視線が重なった。伝えるべき言葉も持たず、ましてや弟のように引き止めるでもなく、ただその一瞬で彼の覚悟だけを汲み取って、木偶のように見送るだけ。
 自分の役目は終わったのだと、頭の片隅で思いながら。
 間一髪でアルフォンスを機上に乗せ、それが門に向かって墜落していった後にむこうでどんなことがあったのかは知る術はない。けれど、今度は一人じゃない。二人揃って居るなら、どこでだって笑って生きていけるだろう。
 ロイはすっかり冷めてしまったコーヒーにもう一度口をつけた。冷たいそれは苦いばかりで思わず眉を顰める。ふと、いつの間にか夕陽に染まった部屋に気付いて再び窓の向こうを眺めると、見事な朱金の光を纏った太陽が地平の彼方に沈もうとしているところだった。
(この夕日は向こうの世界とはたして同じものだろうか)
 リゼンブールの片田舎で見つけた、小さな太陽。
 負けず嫌いで、単純で、口の悪いただの子供かと思えば、時折鋭い洞察力でこちらの企みを揺さぶってくれた。
 真っ直ぐで、前に進むことしかできないその性分に見ているこちらがどれだけ不安になったか、彼は知らないだろう。いや、知らなくていい。
 逃げることも、立ち止まることも知らない不器用な、愛すべき子供。
 自分が持ち得なかった光を宿していたから、こんなに惹かれたのかもしれない。

 願っているよ。
 君の行く先に光が在ることを。
 君がここで失くしたものは、そこで再び手にすることができるだろう。
 どこにいても、何をしても忘れない。
 君と繋がるこの場所で、君を想って、歩いていく。

 ――――…大佐。

 過去に何度も呼ばれた懐かしい声を、また聞いた気がして、ロイは静かに、笑みを浮かべた。





 冷たく、強い一陣の風が吹き、それに煽られた髪が舞い上がる。靡きはためくコートの端を握り締めてそれに堪えたエドは、乱れた髪を撫で梳き、眼の中に入った砂がもたらす痛みに耐えていた。
「いってー…。ああもうちくしょう、俺が何したってんだ」
 誰にぶつけるでもない悪態を吐きながら、痛みで涙が滲む眼を擦り続ける。
「こんなめに合うなら、さっさと帰りゃよかった」
 こんなところで、一人っきりでセンチメンタルなんて笑い話にもならない。
 ようやく落ち着いてきた眼から手を離し、未だごろごろする瞼の裏の違和感に舌打ちをした。
 きっと、らしくないことしてるからだ。自分でも思う、過去を懐かしむなんて、ましてや愛おしむなんて、柄じゃないことくらい知ってる。
(まったく、なんでこんな気持ちになるんだか)
 何故こんなにも気分が沈むのか。
 何故こんなに胸が空いたような、放り出された子供のように心許ない気持ちになるのか、本当は気付いてて、でも認められなくて。
 認めたら、止まらなくなる自分を知ってるから。
 エドは、先程から眼前に広がっている見事な夕暮れに、再び視線を飛ばした。
 大きく、圧倒的な存在感を感じさせるこの太陽だけは、どんな世界にも等しく在るものに違いない。
(……どこかで、見てるかな)
 気障でかっこつけたがりだから、いつもの執務室で気取って窓辺にでも立ってるんだろう。その様が容易に想像できて、思わず笑ってしまった。
 俺の手はまだ小さくて、握り締められる量に限界がある。
 向こうで手にしたもの。また取り溢してきたもの。それが何だったのか、今はもうわからない。けれど、これから手にするものは沢山あるから、それを見逃さないように、しっかりと眼を開いて見つめている。
(あんたが教えてくれたことだぜ。……大佐)
 エドは俯き微かに笑うと、踵を返し丘を後にする。
 自分には帰る場所がある。部屋で自分を待つ家族のもとへ。迷わずに、真っ直ぐ前を見据えて。


 もう夢を見るのは、一人じゃない。
作品名:この手に在るもの 作家名:桜井透子