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七夕の逢瀬

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 薬売りの現在居る場所と加世の住む街は、大きく深い、橋さえも掛けられない急流を境に分かれていた。
 川向こうで薬を売るのを生業に退魔の旅を続ける男と、反物屋に奉公している娘と。
対岸を見つめても姿は見えず、声さえ届かない距離に有る二人が出会えるのは一年に一度。
川の水量が大人の膝位に下がる7月7日の夜、薬売りが急流を渡り、加世の住む宮へと訪れる時だけだった。

 その日、一日の行商を終え、自身の宮で目前の急流を渡る為の最低限の荷物をまとめていた薬売りの元へ、一通の文が届いた。
 「薬売りさんへ」と、伸びやかな、それでいて読み手の事を気遣って並べられた宛名の書かれた、その送り手は加世。
 薬箱から広げた荷物の中心で、手にした包みを一旦手近な場所に下ろし、薬売りは受け取った。
 渡した相手の背中を見送った後、その白い指先がもどかしく開いた中身は宛名と同じく、書き手の性格をそのまま表したような文字で、その心遣いが綴られていた。
 元気にしていますか、ちゃんと毎食を食べていますか、きちんと自分で、薬箱から広げた物の片付けが出来ていますか。

 それらの文面にふと顔を上げ、早急に荷物をまとめようとした為、足の踏み場なくひっくり返した薬箱の中身と、殆ど煤けていない竃に思わず苦笑し、再び手元の文へと視線を落とした。

『薬売りさんに、会えるのが楽しみです』
「えぇ、俺も……ですよ。加世、さん」
 他の文字よりも些か小さく綴られていた一文に、微笑と呟きを零し、更に読み進めた一文に――薬売りは縹色の眼を大きく見開き、次には表情を険しく引き締めた。

 次には、一気に立ち上がり、周囲の物が倒れるのも気にせず、手の中の文をも放り捨て、大きな目玉の袖を翻して土間まで一気に駆け抜け、高下駄を突っかけて外へ飛び出した。
 開け放された戸から無人の部屋に入った風にかさりと小さく鳴る、板の間に残された文の最後には、他より更に更に小さな字で『だから、今年は私から会いに行きますからねっ』



 全く無茶をするものだと、林の中、高下駄を鳴らし、川への道を走る薬売りは思う。
 いくら今は浅くなるとはいえ、急流は急流なのだ。男の薬売りはともかく、女の、しかも加世のような年頃の娘に、果たして一度も転ばずに渡れるものだろうか。
作品名:七夕の逢瀬 作家名:刻兎 烏