七夕の逢瀬
そんな事をさせてせっかくの短い逢瀬の時間を削ってたまるか、と考えながら立ち上がり、背中を向ける。
「それではそろそろ、行き、ましょう、か?」
「はいっ! あ……」
途端沈んだ声を訝しんで振り返れば、加世は困ったように足元を見下ろし、上目使いに薬売りを見上げ、八の字に眉を潜めて、今更、照れたように色の濃い頬を染める。
「どう、したん……ですか?」
「いえ、あのぉ……」
問えば視線を泳がせながら足元の小石を爪先で小さくつつき、更に濃く頬を染める。
「……草履をぉ」
「はい?」
「あっちに……忘れて来ちゃったん、です……」
消え入りそうな声で呟き、背後の川面を指差す。
そうして暫く空いた間の後、やれ、やれ、と吐かれた薬売りの溜息が響く。と、急に身体が浮く感覚に加世は大きな黒い瞳を更に大きく見開く。
「こうすりゃ、何も問題……ない、でしょう?」
響く低い声は自分の背中辺りから、加世の視界に写るのは、奇妙な目玉の模様の着物の裾と、白い小石と、高下駄の踵。そして、だらりと下がった自分の両腕。
ええとぉ――これって、これって……!?
「くっ、薬売りさんっ!」
「なん、ですか?」
「下ろして、下ろして下さい!! 自分で歩きますからぁ-」
肩に担いだ娘がじたばたと暴れるのを、どうどう、と、牛にでもやるように豊満な尻を叩けば、むぅっと頬を膨らませたのが気配でわかった。
「このまま、歩かせたら、加世さん、怪我する……でしょう?」
「それはそうですけどぉ……」
「それにね、これは罰なん、ですよ」
「私、何か悪い事しましたかぁ?」
薬売りの肩に華奢な両手をかけ、心なし身を起こした娘に、薬売りは本日何度目かわからかない溜息を吐く。
「……一つは、俺に、心配をかけさせたこと」
そしてもう一つが――と漏らしながら、先程拭った加世の脚に刻まれていた傷
を思い出し、薬売りは小さく眉間に皺を寄せる。
「自分を粗末に扱った、事、です」
その言葉に加世がハッと息を飲んだのが、肩に押しつけられた感触から分かった。
「……ごめん、なさい」
そして、しばしの沈黙の後に漏れた一言に、薬売りは子どもをあやすようにその細い背中を叩く。
「分かりゃあ別に、いいん、ですよ」
「そぉやってまた子ども扱いするぅー」
「ほぉう、子どもじゃあ、ないと?」