司祭未満/剣の音色
「はいはいー。じゃ、メイドの皆さん、よろしくお願いします」
ぱちっと目を閉じた後、にっこりと顔じゅうで笑ってサトリはロランの指示に従った。扉を後ろ手でしめるサトリの背中が、びっくりするほど滑らかで白くて、思わず腰のあたりにだるい重さを感じた。
「うそだろ……」
ロランは口元を手のひらで覆うと、ふらりと壁に寄り掛かった。頬が熱い。鏡など見なくても顔が紅くなっているだろう。
中からは愛想のいい隣国の若き王子に愛想を告げられたメイドたちの歓声が聞こえる。
人並外れた麗しい容貌の持ち主で、ローレシアには珍しい金髪碧眼。だからローレシアの人々はサマルトリア王子にすこぶる興味津津だ。けれど自分は彼に興味ないと、つまらない仕事に腹を立ててすらいたはずなのに、どうして体が反応してしまうんだ。
「……まずいだろ……まずい」
つぶやきながら後頭部をゴツゴツと壁に叩きつける。
好きでもない相手でも容姿が好みならどうしても反応してしまう。性欲を抱いてしまう。それを嫌悪するほど潔癖ではないし、それなりに女好きだと自負していたのだが、よもや、嫌いな同性にまでムスコが反応するとは思わなかった。
会って二度目の今日ですら、しゃべればしゃべるほど向こうのペースに持っていかれてしまうのに、さらに体まで性欲に流されてしまったらとても監督にならない。ロランがサトリに弟子入りの名目で傍に控えて、監視する意味がなくなる。
今はこちらが貸しを作っている立場だが、万が一、ロランがサトリに失礼を働いたとなれば一気に形勢逆転だ。あの王子はローレシアがサマルトリアに首輪をつけられる理由になりかねない。
「なんとか、しないとな……」
額を叩くが考えなど湧いてこない。それ以上に思考がまとまらない。
もっと彼とは公私を区別して接するようにしないといけない。自堕落な王子に流されて、彼をキズ物にしたなどという醜聞だけは立てないようにしないと。
それでも気を抜くとサマルトリア王子の弾むような声が、耳によみがえる。薄い色の瞳と、憂いと愛らしさを絵筆にのせた名画のような面立ちはロランの視線すら吸いこんでいく。
部屋を出た王子には、とにかく慇懃無礼に接しようと決意しつつ、一方では振り回される予感をひしひしと感じていた。
作品名:司祭未満/剣の音色 作家名:よしこ@ちょっと休憩