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よしこ@ちょっと休憩
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司祭未満/剣の音色

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剣の音色



 祈りを捧げる。
 ただ一人のための祈りを、南部公ロランは教会の入口扉脇に立って、腰の剣に手を添えたまま聞いていた。
 明日、サマルトリアの王子はローレシアでの司祭の仕事を終えて、故国に帰っていく。
 会えることもなくなるだろう。
 南部公はうつむいた。ラダトームから嫁いできた母親譲りと銀色の髪は表情を隠さない。彫の深い、国王瓜二つといわれる美形には、はっきりと恋の苦悩が表れていた。



 ローレシアの空はいつも高く、風は乾いて冷たい。雨が少なく霧が降り、渓流が国土を切り刻む。肥沃な平原は王城の周囲から南へ繋がる南西部のみで、国の大部分は山と荒れ地が占める。まぶしく白い日差しの下で、民は麦や蕎麦を育て、酪農を行う。
 ラダトームやムーンブルクの古文化とは遠く離れ、人々の精神に素朴の残る土地は、水も空気も純粋だ。とくに朝の冷気は厳しく、深く息を吸うと肺が痛む。ローレシア大陸最高峰の山々から下る寒気に鍛えられて、人々は屈強で大柄な体と、鋭利な顔立ちをしている。
 そのローレシアにうら若い司祭が赴任したのは10月の事だった。
 山から吹き下ろす寒風に震える平原を、司祭の黄色い衣をまとったサマルトリアの王子が、青毛の馬に乗って教会にやってきた。ローレシア城の西側にひっそりと建立されたばかりの礼拝堂の扉を開き、真新しい床板を素足で踏む。
 白光の差す毛氈の上を進み、薔薇窓の下に備えられた祭壇の前に立つと、サマルトリアの王子サトリは両手を組んで祈りの言葉を捧げた。
 すう、と唇を開いて息を吸った。
「天の父なる神よ。わたしは心を尽くして主に感謝をささげ
驚くべき御業をすべて語り伝えます。
 いと高き神よ、わたしは喜び、誇り御名をほめ歌います。御顔を向けられて敵は退き倒れて、滅び去りました。
 我らその御名の前に等しく小さき者であれども、常に善きを欲し、隣の人々の安息を祈ります。
 願わくば、この聖堂が、ローレシアの民人の、日々の営みを繋ぎ、正しき信仰を結ぶ縁となり、我らの祈りを絶やすことなく灯す焚火となりますように。
 主はローレシアの全ての民をご覧になられておられます。苦難の時の砦の塔となってくださいます。
 主よ、御名を知る人はあなたに依り頼みます。あなたを尋ね求める人は見捨てられることなく、罪を許し、安息を与えてくださいますように。神の子たる門番ディアルトの名を通じてお願い申し上げます」
 温和な物言いと、高原をこだまする笛の音のようなテノールが教会に響く。
 迎えに行ったときに見た、おどおどしたサマルトリア王子とは同じ人間の声とは思えないほど、祈りの声は堂々としていて、若く、そして耳に快い。ロランは瞠目した。
 初めてサマルトリアの王子という人間が、ロランの心の中に入ってきた瞬間だった。
 ふんだんに刺繍された豪華なカソックを着て、頭には揃いの刺繍が入った帽子を被っている。式典が終わり、並んで食事会場に向かう段になって、サトリはチョコチョコとロランの元に来た。
 色の薄いグリーンの目がロランを見上げる。
「あの、良かったら宴会場まで案内していただけませんか?」
「供をつけたと思ったが、居ないのか。サマルトリアの王子を放り出すなんて、ローレシアの名折れだ。指導しないといけないな」
「いや、違うんだ。俺がロランと話したくて外してもらったんだ」
「一将軍に案内をさせるとは、サマルトリアの王子の高貴さには恐れ入るな」
「気分を悪くしたなら申し訳なかった。その、今回の教会の事でも熱心だって聞いたから、回復呪文のことでも話せたらと……」
 そんなものは従兄でありローレシアの王である黒髪のロラン……現王ロトの方便だが、まんまと釣られてやってきたサトリに事実を言うわけにもいかない。
 結局押し付けられるのは自分だ、といささか腹を立てながら、ロランはそうですねと頷いた。
「そっか。良かった」
 くすりと笑う姿に心惹かれなくもない。
 透明感のあるストロベリーブロンドの髪と小さく丸い頭の形。花の膏で髪を下ろしていると麗しい顔立ちに目が行く。同じ男でなく、違う生き物みたいだなと思った。
「分かりました。それではご案内……します、からっ!?」
「早く行こうぜ」
 左手が勝手に持ち上がったと思えば、サトリ王子に握られていた。そのまま他の人間が歩く方向へ引っ張られる。あわてる暇もなく、周囲の視線を浴びたまま引きずられて、ロランは慌てて手を振りほどくと、肩を掴んで別の方向に進ませた。
「貴賓席はあちらからです。それと、先にお召物を食事用にお着替えください」
「え? このままでも俺は大丈夫だけど」
「ここがローレシアだとお忘れですか。貴方はをお預かりした我が王の立場をお考えください」
 さすがにしょんぼりと頷いた王子を着替えのための控室に連れて行こうとすると、道は分かるからと、また先に立って歩き出した。
 まるで散歩に連れ出した犬だ。それも子犬。ときどき振り返って、ロランの様子を伺うところもそっくりだ。
 どっちが案内だかわかったもんじゃない!
 王子の細い首を見下ろしながら渡り廊下をあるき、教会と近いところにあるバルコニー付きの部屋に出た。
 寝室とリビング、それから書庫と3部屋繋がった南向きの部屋だ。
 扉の前に控えていた女中達に王子を預けると、自分は部屋の外で控えるつもりで壁に背を持たせかける。
 ふぅっと息をつくと扉が開いて、サトリがひょっこりと顔を出した。
「なぁ。中で座って待ってろよ」
「待てるわけがないでしょう。さあ、早く着替えてください」
「そんな畏まった物言いはしなくていいんだぜ。ロラ……じゃなかった、えっと、ロト陛下より年上なんだろ? いくつ? 23くらい? なんかロランってホイミ覚えたい、教会つくりたいって言ってたってわりに余所余所しいっていうか、教会にあんまり寄り付かなさそうで、ちょっと心配なんだよな。もしかして、本当はあんまり魔法に興味ないか……?」
 自分の内心を察したサトリの言葉にドキッとした。正装を脱ぎ捨てて下着姿になった王子の白い肩にも戸惑う。サトリをローレシアに移す口実だけだったので、ロランには魔法への熱意も信仰心もない。悪気も不満も無さそうに笑っているが、ローレシア陛下が勧誘に行った時、サトリに声をかけたのはサマルトリア王に頼まれたと聞いて盛大に臍を曲げた王子だ。
 教会や魔法も、サマルトリア王とローレシア新王の考えた脚本の一部で、南部公ロランも部下として命令に従っただけと聞いたら、またサマルトリアに帰ると言いだすだろう。
 ここで王子に帰られてはたまらない。サマルトリアからは身代金として大層な額のゴールドと食料を頂いているのだ。ロランは力強く否定した。
「そんなことはありません。ローレシアは武門の国。厳しい訓練に薬草は欠かせぬように、回復魔法も求められている。だから私はホイミを覚えたい! それと、私は25才です」
「へぇ、3つ上なんだ」
「ロト陛下からは一つ上ですが」
「違う違う、俺。俺が22だから。まぁ、年齢なんてどうでもいいけどな」
 どうでもいいなら細かく聞くな!とは言えなかった。
「ともかく、皆様をお待たせするわけにはいきませんから、早く着替えて!」