【サンプル】 La Vita Romantica 【臨波】
そういうと、臨也はまた一つ梨を口に放り込んだ。静かな租借音だけがこの部屋を満たした。ゆっくりなされるそのリズムは、この事務所にはひどく不釣り合いなような気がした。
波江は、何でわかりきっていることをわざわざ口にするのだと思いながら、今日何度つぶやいたかわからない愛の対象を口にしようと思った。けれど、それは叶わなかった。
なぜなら。臨也が今まで梨をつかんでいた方の手を伸ばして、頬に手を添えながら親指の腹で波江の唇をふさぐと
「今は、言わないでよ、頼むから」
そう静かに遮ったからだ。そういう風にされて波江は言葉で嫌悪を表すのではなくて、その眉をぎゅっとしかめると臨也の方に視線をやった。その男の顔を視界に入れたときに彼女は首をかしげずにはいられなかった。
なぜ、そんな顔をして、そんなことを頼むのだ。
臨也が浮かべている表情は今まで目にしたことがないようなものだったから、波江はまったく意味が分からない。
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( 静物たちのある情景 より)
こんな感じで「日常に潜んだ駆け引きめいたなにか」をテーマにして、
風邪をひいた臨也と波江の話と、もうひとつ別の日常的な小話、あと2本の短い漫画がはいった本になります。
作品名:【サンプル】 La Vita Romantica 【臨波】 作家名:いとり