覚悟するということ
※テニプリ2のあの宍戸対鳳戦の話。ネタバレにつき注意。
二人ともただの先輩後輩。
あのとき何で自分は長太郎を指名したのだろう。もう変えることのできない現実を悔やむ。
よく考えれば、初めの時点で、ボールを取れた奴だけが残るという常識では有り得ない選抜をしてきたのだ。こんな…潰しあいのような試合だって予想できたかもしれない。なのに、そんなことは考えもせずにこいつを指名してしまった。絶対的な信頼の置ける、ダブルスの相方として。
メンタルが弱い長太郎のことだ、きっとまともに俺と戦えない。強さはほぼ互角だというのに、あなたは先輩だし今年が最後だし、俺は来年もあるから、とか何とか理由をつけて、わざと負けを選ぶ可能性だってある。
俺だって、もしかしたら長太郎に勝ちを譲ってしまうかもしれないのだ。本気で向かうつもりではあるが、やはり可愛い後輩だ、どうしたって気は緩んでしまう。手を抜いて勝てる相手でもないのに。
時間が近づく。周囲の選手たちがコートへ向かって行くのを、ぼんやりと見る。俺もそこへ行かなくてはならない、だが行ってしまえば戦いは始まる。
足がすくんだように動けなくなるのを感じた。思えば、今までも試合の前に膝が震えたりすることはあった。だが、負ける恐怖もプレッシャーも全て背負い込んできたのだ、震えなんてパッと跳ね除けて、試合には万全の状態で挑んできた。
ところがどうだ、今の俺は怯えている。敗北と重責に、ではない。戦う相手が長太郎だということが恐怖なのだ。この試合でどちらかは落ちて、この合宿には残れない。それを想像すると吐き気がした。
目眩を起こしそうになった瞬間、俺の左肩に触れるものがあった。振り替えると、目の前に光るクロスが見えた。…長太郎だ。くしゃくしゃに歪んだ泣き顔だったらどうしよう、と一瞬戸惑ったが、慣れてしまった角度で見上げる。
するとそこには、覚悟を決めた男の表情があった。
「宍戸さん、俺、あなたに勝ちますから」
唇をキッと結んで、そう言った。俺に勝つ気でいると。
呆気にとられ、長太郎の顔をまじまじと見てしまう。そこで気が付いた。目の下には微かに…きっと俺にしか気付けない程度に、隈がある。俺との戦いを考えて眠れなかったのだろうか。悩んで悩んで決めたことなのだろう、俺に勝つと宣言することは。そう思うと、不思議と足が軽くなった。すっと心の靄も晴れていく。
「だから、宍戸さんも本気で来てください。」
こいつの目は本気だった。
それを見て俺も覚悟を決める。手を抜いたりなんてしたら、それは長太郎に対して失礼だ。
俺は長太郎に気を遣わせてしまったのかもしれない。心の中で、激ダサだな、と自分に舌打ちをする。信頼されている後輩に励ましてもらうなんて。
メンタルが弱いのではない。弱かった、のだ。全国大会を通して、こいつだって成長したんだな、と妙に感慨深くなった。
長太郎の胸板を、握りこぶしでコツンと打つ。俺は口下手だから感謝の気持ちは言わない。だけど、長太郎に励まされた分だけ本気で戦おう。
「ったりめーだ!お前には負ける気なんかねーよ、長太郎!」
END