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隣人の扉

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 彼が失くした幼子の年齢よりうんと幼い時分から、俺はアーサーを知っている。彼をどんな言葉に託しても軽率である気がするが、一言にすると、過剰で余計な少年だった。かつて実兄に弓を射られた少年はとりわけ時間をかけて青年になると、人を訝しみ、一方でやさしい掌に容赦なく飢えた。飢えていたのだ。考えれば分かることだった。そんなアーサーが、人生に芽吹いた至上の春を容易く忘れるわけがなかったね。そうだよ、果たして彼は、季節が過ぎ去り死んだ蝶の亡骸を庭に放すだろうか。いとしいものは懐にある。

 幼子が去った代償は、自虐だとか自己嫌悪であるとか、そういったかたちとなり、全てがアーサーの心のうちへと向かった。バンドエイドを諦めた生傷に、彼の治癒能力は働かず、白血球は黙として、ケロイドにすらならなかった。生傷のままだ。孤独の壁が聳え立つ。外壁ばかりが立派である。中には城があるどころか、男が一人そこにいるだけ。

 あれからアーサーの部屋は閉じられてしまった。閉じられたといっても、アーサーは毎日その部屋を自室として過ごしている。不可侵にしただけだ。彼のそれっきりの最後の領地を、アーサーは意のままとした。
道理でフラストレーションが涙と愚痴でしか現れなかったわけだ。アルフレッドがこの部屋で暮らしていたわけでもない。ただ心のうちに留めておくのは遣り切れなかった。だから、自室と外界の間にボーダーを引いた。悲しみを蓄えるキャパシティが僅かながら広がる。そして、部屋はアーサーの心を写す鏡であるかのように、心そのものであるかのように荒れた。
 今夜もアーサーは、ヤニでくすんだ壁に囲まれているだろう。灰を落として丸い焦げばかりとなった布団を被り、水分の無いペリドットの瞳で葉巻を甘噛み、深酒していることだろう。いつか分けてやったペリエの空瓶は、今日も変わらず床に転がっている。
 アーサーにとって私室は寝るための箱に過ぎず、荒廃は恐ろしくゆっくりと進んだ。生活感は散らかった感情に淘汰されて、少しずつ不穏さを孕む。次第に狂う。

 お前の心臓はここにあったのか。俺は開けてしまった扉を閉じる。いいよ、一生傷ついているがいい。俺だけが何も気付かないふりをしながら、お前の隣人として、もう千年居てやよう。こんなやり方で慈しむというのも、一つの方法だ。振り返れば随分と、俺は神に願ってばかりいる。
作品名:隣人の扉 作家名:かおる