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【P4】はじめからコインに裏表など

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 千枝の投げた雪玉は放物線を描くことなく陽介の顔面を叩いた。情けない悲鳴とともに倒れた体は背中から雪原に沈みこむ。
 大の字の陽介を見下ろし、千枝は真夏の太陽の笑顔でガッツポーズを決めた。
「よっしゃっ! さすがあたし」
「さすがあたしじゃねーよ、普通にいてーよ! 石とか入れてねーだろな里中!」
「んなことするわけないじゃん!」
 鮫川河川敷の公園である。
 遊歩道にも人影はまばらで、怒鳴りあうふたりの白く凍った吐息もほわりと浮かんで青空に溶けていく。
 新年を迎えた八十稲羽市の寒さは増すばかりであり、早朝には鮫川にも氷が張る。白雪の下で眠っているだろうやわらかな緑を目にするようになるまではまだ遠いが、その雪上ではしゃぐ子どもたちにおとなしく春を待つ殊勝さなどなかった。雪は触れて遊ぶもの、あたたかな室内から窓越しに眺めて溜め息をつくものではない。
「え、石入れるの?」
 雪を掬った格好のまま、陽介の絶叫を聞いた雪子がきょとんとする。白い指先がさりげなく足下を探っているのが不穏だ。
「ちょ、雪子ストップ! 入れない! 入れないから!」
「天城、だから入れねーって、おい! 投げんな投げんな!」
「大丈夫、優しくするから」
 振りかぶった雪玉の照準を陽介に合わせた雪子が、真剣に彼のあとを追って駆け出す。千枝も呆気にとられていたが慌てて雪子を止めるため走り出した。黒髪をなびかせて駆ける雪子の脇腹に飛びついてもろともに雪の中へ倒れこむ。
 数秒後、雪子の笑声がはじけた。
「……先輩たち、子どもだなぁ」
 それを振り返ったりせは呆れたように首を傾ける。
 ちょこんとしゃがんだ彼女は、ベンチに積もった雪を寄せ集めて丸っこい雪うさぎをいくつも作って並べている。指先で愛しげに撫でるその横顔の理由を知る直斗は返事の代わりに苦笑した。……りせの作った雪うさぎを、馨がかわいいと褒めたのだ。
「な、何よ、ニヤニヤして」
 苦笑の意味を理解したりせが、寒さのせいだけではなく薄赤くなった頬を膨らませる。
「直斗だってそんなに雪だるま作って! 先輩に褒められたからじゃん、一緒じゃん!」
「ちっ……違います! ぼ、僕はただ雪だるまが好きなだけですっ」
「……それは無理あるでしょ」
「……何やってんだオメーら、こんなとこでちっちゃくなって」
 ふたりを見下ろす完二は、ベンチの上にずらりと並ぶ小さな雪ウサギと雪だるまに気圧されたようだ。
「んだこりゃ、すげぇな。呪われそうだぜ」
「の、呪われそう!? なんてこと言うのよ、このバ完二! 可愛いじゃない!」
「バ……!? おかしな呼びかたすんじゃねぇよ! ……つか、可愛いってなぁこういうモンだ。ちっと見てろオラッ」
 完二は憮然と、りせと直斗の間にどかりとあぐらをかいた。雪を両手でかき集めて適当な小山を作ると、器用に指先や、時折腕も使って、さっさと形を整えていく。
 はじめは不機嫌に見守っていたりせや直斗も次第に目を瞠らざるをえなくなった。
「……すっごーい」
「……巽くんはもう、器用とかで収まるレベルじゃない気がします……」
「どうよ、巽完二特製雪うさぎ! 菜々子ちゃんのお墨つきだぜ」
 晴れ晴れしく笑う完二の前に、なめらかな表面をきらきらと輝かせる雪うさぎが前足をきちんと揃えて座している。体の曲線に合わせて伏せられた耳のつけ根には花飾りまで彫りこまれ、物凄く凝っている。
「可愛いなぁ。完二、私これ欲しい。持って帰っていい?」
「欲しいったって、持って帰ったら溶けちまうだろ」
 そうだけど、とりせは未練がましく雪うさぎの背を撫でる。横で直斗も残念そうにしていたから、口に出しこそしなかったがりせと同じように気に入ったのだろう。けれど室内に飾っておけばどうしても溶けるし、冷凍庫での保管は場所をとり家族にも迷惑になってしまう。
 こういうものはその日限りだからいいのだと完二は思っている。
 両手の雪を払い、それより、と完二は話題を切り替えた。
「あっち行かねぇのか? 堂島先輩と菜々子ちゃんで雪だるま作ってんぞ。でけぇの」
「んー……」
 りせと直斗が穏やかな苦笑とともに目配せする。
 顔に疑問符を貼りつけた完二へ、折った膝の上で頬杖をつきりせが笑った。
「お邪魔しちゃ悪いかなぁって」
「約束してたそうですし。……菜々子ちゃんと雪だるま作るんだって」
 三人が向けた視線の先で、長短の人影が睦まじく雪玉を転がしている。楽しそうにはしゃぐ菜々子の手が赤くかじかんでいるのを見つけた馨が長身を屈めた。両手を包みこむようにして、そこに息を吐きかける。
 顔を見合わせて笑いあう様子が本当に幸せそうで、きっと声をかければ馨も菜々子も歓迎してくれるだろうけれど、つられて微笑んでしまうようなあの空気を壊してしまいたくなかった。
「約束か……ならふたりで作らせてやんなきゃな」
「ですね」
「うん」
 そうして穏やかな笑みを浮かべるそれぞれの視界に金色の影がよぎる。
 その影は歓声をあげて迷うことなく兄妹のもとへ駆け寄り、馨の背にしがみついた。
「あっ! ……っの、クマめぇー……! 先輩に抱きつくなんて一億光年早いのよ!」
「久慈川さん、光年は距離の単位です。……しかし、そうか。彼に空気を読むなんて器用な真似、できませんでしたね」
「ある意味すげぇよアイツ……」
 怒りと諦観と感心と。三者三様の感情を受けた影響か、馨の腰に腕を回したまま、クマが派手なくしゃみをした。
 
 
 
 鼻をすすり、クマは大きな目を横へ流して口角で笑う。
「フッ、どこかでボクのベイビーたちが噂しているクマね」
「……人の服で鼻水拭くなよ。ていうかなんでそんな薄着なの? 見てて寒い」
「んっとねー、この服のほうがクマに似合ってるから! おしゃれは我慢だってバイト仲間も言ってたクマ!」
「……それ女の子?」
「おお! センセイ凄いクマ、どうしてわかったクマ?」
 溜め息を返事代わりに、馨は羽織っていたジャケットをいつもの白いシャツ一枚でいるクマの肩に着せかけた。体感温度よりも視覚的に思い知らされる温度のほうこそ耐えられない。
「着てな。風邪ひくぞおまえ、いくらなんでも」
「セ、センセイ優しい……! クマは今モーレツに感動してクマ!」
「……お兄ちゃん、」
 セーターの裾を引っ張られて上体をかがめる。冷たい耳にぴったりと押し付けられた菜々子の頬は、子どもらしい熱をもっていた。
「大丈夫? 寒くない?」
「うん、大丈夫。ありがとな」
 頭を撫でると嬉しそうにはにかむ顔が可愛らしい。
 去年の、もう過去と呼ぶことのできるようになった事件の犠牲となり、意識不明から一度は心肺停止状態にまで陥った菜々子が今は雪のなかではしゃぎ回っている。小さな体で生きていてくれた、頑張ってくれた菜々子には感謝の気持ちしかない。
「クマさん、クマさんも手伝って? 雪だるま作るの」
「雪だるまクマかー。……任せるクマ! ナナチャンのために、クマ頑張っちゃう!」